【星幽塔】第一階層　水面光る城下町｜リアクション

【星幽塔】第一階層　水面光る城下町

（今年もこんな季節になったんだね）
　アルレッテ・ザメニスは、薬屋『Uisge beatha』を出て、水の中に足を踏み入れました。
（水浸しの店内の様子に知ってはいたけど、外に出るとより一層実感がわく）
　雨季が来て最初の一日。
　この日だけは心配性の友人を早くに家に帰したのでした。
　星の力を込めた杖を手に、一人、水に浸された町を歩くアルレッテ。
　水の中を歩くのは苦ではありませんでした。
（あそこに、どうしても自分の足でたどり着きたいから）
　
　アルレッテが足を止めた場所は、町のはずれ、少し開けた所でした。
　そこは冷たい静寂に満ちており、時折遠くに賑やかな人々の声が聞こえました。
　周囲が寝静まったからこそ聞こえる町の営みの声が、昔に……ここに来る前神殿にいた頃のことを思い出させました。
　それは、彼の神に会いたくて、祈りの時間外にひっそり忍び込んだ時の事。
　元の世界でのアルレッテは、月の神様を祭る神殿の神官だったのでした。
　
　アルレッテの杖には、パディァル・ナ・イーハと呼ばれる装飾品がついていました。
　銀のリングに細い飾り板がいくつかつけられている物ですが、単なる飾りではありません。
　それをかざし、祈ると。
　パディァル・ナ・イーハが綺麗な音を奏でると共に、白銀の淡い光を放つ球体がぼうっと浮かび上がりました。
　それは月に良く似ていました。
（これが本物でないことはよく知っている。けれど……水にうつる様は特によく似ているから）
　水面にうつる姿にそっと手を伸ばします。
　光る水に指先で触れ。
　そのまま、光に身を沈めるようにアルレッテは水に体を投げ出しました。
　白い真直ぐな長い髪が、ゆらゆらと水の中揺れて広がります。
　目を閉じても瞼に感じる光は、月光の中にいるようで。
　より昔の思い出が呼び起こされます。
　しばらくしてアルレッテは目を開きました。
（ふふ、やっぱり）
　目を開ければ、空に見えるのは星の光を反射しながら泳ぐクラゲ。
　ここはあの場所ではないのだと、深く実感させられます。
　今は探究心に仕える事にしているよ、と聞かれれば話すアルレッテ。
　もちろん切なさはあるのですが。
（案外………嫌ではないんだよね）

（店に戻ればきっと帰したはずの友人がタオルを持って待っててくれるだろう）
　そうアルレッテは感じます。
　けれど、今はもう少しだけ。
　月の神と話すかのような、そんな感覚を。

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