【星幽塔】第一階層　水面光る城下町｜リアクション

【星幽塔】第一階層　水面光る城下町

　フィンレイ・ランカスターは頬を濡らす雨に、あたりの異変に気づきました。
　さっきまでの見慣れた寝子島の景色は消え、そこは異世界でした。
（まるで小説ですね。寝子島では珍しくないとはいえ毎度驚かされます）　
　しかもフィンレイは、地面に足をつけていませんでした。
　なじみの箒にまたがって空を飛んでいたのです。
　金髪に赤い瞳。フィンレイの美しい顔は、花々を穂にして綺麗なリボンを巻いた箒によく似合っていました。
（けれどまぁ雨以外に濡らされることもなく空を泳ぐように飛んでいることは不思議としっくりくるんです）
「……わたり唄」
　それが自ら付けたこの箒の名前でした。
　紡ぐ様に緩やかに空の中を回遊する、姿は華奢だがしなやかでどのような重さのモノでも素知らぬ顔で支えるといいます。
　わたり唄は、フィンレイが夢で逢い手に入れた箒。
（箒には意思があると作り手は言っていました）
　初めて触れた時にも色々感じることはあったけれど、この機会にもっと知りたい。
（私に似合う、それでいて何処か失った相方にも似たこの箒を）
　元人気アイドルデュオだったフィンレイは、最愛の相方を事故で失っていました。

「もっと……この空を泳いでください、わたり唄」
（箒の乗り方なんて知りません。でもこれは私の為に誂えられたと聞いています）
　驕った真似をせず落ち着いていればどんな乗り方でもいい、とフィンレイには自然と分かるのでした。
　フィンレイは髪を一つ結びにしていたリボンを解き、失くさない様懐ではなく箒に結び付けました。すると。
（……嬉しい、のでしょうか）
　柄の芯には空と海を繋ぐ梯子の欠片を使用したので水に親和性がある、と聞いていましたが、それとはまた違う喜びの気配を、フィンレイは箒から感じていました。
（箒の意思が飛び方で伝わってくる気がします）
　言葉を発することはなくても、動きのリズムは楽器が音を奏でるように、フィンレイの心に伝わります。
（箒の事をもっと知ろうと思う度私の事も箒に知ってほしくなりました。ならば私の歌もこの空に泳がせればいい）
「物語を歌いましょう」
　主となった私の事も知識の様に覚えてもらわねば、とフィンレイは思います。
（ゴンドラに乗った人やクラゲ、雨粒すらも私の客）
　絶望しても、なお捨てることのできなかった歌。
　泳ぐ箒の上から、歌声を泳がせるようにフィンレイは歌います。
　それは、まるで幻想的な夜に添えられた美しい花束のようでした。

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