あの日のあとで３｜リアクション

あの日のあとで３

　事件から暫くが経った、春休み某日。
　恵御納夏朝は、桜花寮の自室で《絵本》を作っていた。その、切欠は――。

　ループ世界からの帰還を果たした夏朝は、その夜、自室で気を失った。
　そうして夏朝は、自身の記憶を巡る。
　幾度となく繰り返した、あの世界での数限りない記憶の海へと、深く深く、沈んでいく。
（あれは――寝子伝スタジアムだ）
　記憶の中の夏朝は進む。
　クローネを目指して。あのカラスの神を、思いっ切りぶん殴るために。
　あの時の夏朝はまだ、僅かな期待を抱いていたのだ。
（僕の行動を奴に蓄積させれば、テオ君達を少しは思い遣る様になるんじゃないかって……）
　思い出しながら、夏朝は、またぐんぐんと沈んでいく。
　次に辿り着いたのは、寝子島高校の上空だ。
　記憶の中の夏朝の絶叫が、辺りに響き渡る。
　この時にはもう、スタジアムの時とは、考えが変わっていたことが思い起こされた。
（僕は、奴への無関心を決めた……）
　『辛い時にすら無関心』の辛さを実感すれば、対処する皆を少しは思い遣るようになるのではないか。
　しかしそんな極小の期待もまた、クローネの嘲笑によって粉々に砕かれた。
（僕の行動は、全て無意味だった……）
　あの日を追体験する夏朝の胸には、何の感情も去来しない。
　ただ、一つだけ、思った。

「クローネに僕の感情割り振るの……『もったいない』な」
　――ぷつり。
　何かが、切れる音がした。
　記憶の海が、真っ暗闇の中へと落ちていく――。

　目を覚まして、ゆっくりと身体を起こす。
　ループ世界での記憶を、夏朝は全て己の中に得ていた。
　クローネには最早、一片の感情も、抱いていない。

　そして、夏朝は《絵本》を作る。
（クローネには、もう何も感じない。だけど、一応、情報は纏めよう……）
　夏朝にとって、クローネは『どうでもいい存在』と成り果てた。
　けれど、自身が保有する情報を整理することが、皆の役には立つかもしれない。
　夏朝は、そう考えたのだ。
　無表情のまま、夏朝は淡々としてペンを動かす。
　クローネの情報や、彼女に纏わる推察を、纏め上げていく。
（皆の尽力も、奴の行いも……）
　物語に暈し、《絵本》の形にして残そう。

　その、本の名は――。

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