あの日のあとで３｜リアクション

あの日のあとで３

　初瀬川理緒は、超が付くほどの勉強嫌いである。
　が、しかし。
（……もう。頭がパンクしちゃうわよ）
　現役女子高生グラビアアイドルたる理緒は、所属事務所から、大変な企画に挑戦させられていた。
　――『偏差値３０からの大学受験企画』。
　名前が示す通りのこの企画、受験に失敗したら即引退、という、笑えないおまけまで付いている。
　加えて、勿論、グラビアアイドルとしての仕事の数々もこなさなくてはいけないわけで、
（仕事、勉強、仕事、勉強……大学受験を待たずに、溺れちゃいそう）
　あまりの忙しさに、息継ぎの仕方さえ忘れそうになる。そんな中だからこそ。
（今回の仕事は、本当にラッキーよね。わざわざ東京まで行かなくていいんだから）
　という具合で、グラビアアイドルとしての仕事が寝子島で行われることになったのは僥倖だった。
　時は６月上旬、撮影現場は、寝子島の近くに浮かぶ無人島、鈴島。
　ＴＶバラエティの企画への出演だと聞いている。
「よろしくお願いしまーす！」
　心身の疲労は微塵も覗かせずに、理緒は、スタッフや共演者へと元気よく挨拶をした。
「よろしくお願いします！」
「理緒ちゃん、今日もよろしくねー」
　なんて、あちこちから返る声に笑顔で応じたあとで、用意された水着に着替える理緒。
　砂浜へと足を付ければ――さあ、撮影の始まりだ。
　此度の共演者は、理緒と同じグラビアアイドルや、新進気鋭のお笑いコンビ達だった。
「それにしても、本当にめっちゃ無人島って感じですねー」
「『めっちゃ無人島って感じ』って、どんな……」
　トーク中、後輩グラビアアイドルの言葉に、理緒が笑顔でツッコミを入れかけたその時だ。
　スタッフが、いきなりウォーターガンとインク入りのタンクを、理緒達の手に押し付けてきた。
「え？　え？」
　敢えて出演者達には知らされていなかったらしい企画の意図を、
　――えー、皆さんにはこれから、そのウォーターガンでサバゲーをしてもらいます。
　と、カメラに映り込まない位置から、ディレクターがマイペースな声で説明する。
　ウォーターガンの重みを腕に、理緒は、先日の騒動を思い出していた。
（まさか、ロケでこんなことをするなんて……）
　夢にも思わなかった事態だ。
　けれど、腕にずしりと来る重みは紛れもない『本物』で。
　戸惑いと入れ替わりに、うずうずとして胸を満たすは――高揚感。
（ここのところ、受験勉強で結構ストレスたまってるし）
　スチャ、と、理緒は誰よりも早くにウォーターガンの具合を確かめた。
　そして――開始の合図を耳にすると同時、極彩色のインクを、共演者たちに向かって乱れ撃つ！

「こんな機会でもなければ、ストレス吹き飛ばす機会なんてないし！」
　滅多にない、馬鹿をやって大暴れする機会だと、理緒は双眸をギラギラとさせた。
「そりゃー、食らえ食らえー！」
　防戦一方、逃げ惑う共演者達が、次々にインクに染まっていく――。

　……結局その日、誰よりも大暴走したのは、間違えようもなく理緒と相成ったのだった。

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