あの日のあとで３｜リアクション

あの日のあとで３

　ずいぶん遠いとこまできちゃったな～、と、オルカ・ヴィヴァルディは足を止めた。
（飲み物をとってくるって言ってきたのに）
　足は既に、目的地を通り過ぎている。
　人の気配と殆ど縁のない静かな海が、すぐそこまで迫っていた。
「あ～、潮の香りだ」
　ぽつ、と呟きが唇から落ちる。
　暗く、昏く――底も果てもないように感じられる海の間際に、風が吹いた。
　遠くから、歌声と歓声が運ばれてくる。
　それらと規則的な波の音が、まだ身体中を暴れている熱を冷ましていくような心地がした。
　指先で、未だ甘い温度を帯びている己の唇に触れる。
「Porca boia……まったく、ホントに」
　ため息が、ふ、と漏れて、唇に当てている指先を揺らした。
　イタリアにいた時分には、いつだって、余裕も自信も山のようにあった。
　他人に乱されない、という確固たる自信。
（それは、今まで付き合ってきた女の子達との思い出によるものだったり色々だけど……）
　彼が相手だと、それがどうにも、上手くいかない。
　そこがまた堪らないのだ。堪らない、のだが――。
「こんなに早く理性を崩されるなんて、カッコはつかないよね～」
　苦笑が、くつ、と喉を震わせる。
　近く、遠く、波の音。
　少し悩んだ末に――オルカは、靴を脱ぐと、深い黒を湛えている海へと足を浸した。
　ステージを終えた後である。
　既に、風が吹く度ひやとするほどに、衣装は汗でぐっしょりとしている。
　例え衣装が波に晒されたとして、汗でこうも濡れていれば、今更だろう。
「うわ～、水つめたっ」
　小さく波を浴びる足の辺りから、冷たさが身体の芯まで沁みてくる。
　そのしんとした冷えは、身体だけでなく、オルカの頭をも、きゅっと冴えさせた。
　思考が、頭の中を巡る。
（キスの意味、ごまかしてあげれなかったな）
　勢い余っちゃった、と笑い飛ばそうとして、し損ねた。
　ステージで歌ったあの曲が喉から溢れる度に。
　遠くで聞こえる、誰かの曲を耳にする度に。
　自分は、彼は、今日のあの記憶を思い出すのだろうか。
（もし、そうなったら）
　否、そうなってくれたなら――。
　オルカの口元に、ふっと、小さく笑みが乗った。

「考えたら、楽しくなってきたな～」
「今まで散々冗談だって受け流されてたんだから、うん、良いよね～、これくらい」
　ひとりで納得して、うんうんと頷く。
　そう、切欠が生まれる度に、思い出せばいい。
　オルカは、足元を波が洗う中、瞼を閉じて顔を上げ、空想した。
　彼の深いところに根付いた記憶が、じわじわと毒へと変わっていくところを。
　いつかの選択の時に、彼の他の選択肢を殺す毒に――。
　目を、開く。
　夜闇の中、月明かりが、オルカの瞳の青を照らした。

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あとがき

担当マスター：巴めろ
ファンレターはマスターページから！

お世話になっております、ゲームマスターの巴めろです。
まずは、ご参加くださった皆様、本当にありがとうございました！

後日譚を描くシナリオを担当させていただくのも３回目となりました。
此度も、後日譚の元となるシナリオを大切に、と心掛けながら、
ＰＣ様方とＰＬの皆様のお気持ちに寄り添うリアクションをと、執筆に当たった次第です。
心に残る時間を描けておりますことを願っております。

重ねてになりますが、ご参加くださった皆様に心からの感謝を。
この度も、本当にありがとうございました！

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