夢のふくびきや｜リアクション

夢のふくびきや

ふくびき・ホラー体験　八神修。

　夕焼けとは明らかに違う、空も町も赤い血ような光に包まれている。異様な光景だ。
　八神修は立ち止まろうとして止めた。皆、急足なのだ。
「暑いな」
　額に浮かんできた汗を拭った修は耳元に気配を感じた。
「早く帰れや帰れ。六時の、サイレンの前に」
　修は反射的に振り返るが、それはもう居ない。腕時計を確認し、歩調を早める。
「自宅には間に合わぬな」
　仕事場のマンションへと急ぐ。
　気づけば、行き交う人の数は急激に減っていた。しかし、どういうわけか、人の気配は増しているように感じる。
「はぁ、はぁ」
　湿気を帯びた熱い空気、じんわりと浮かぶ汗が非常に不快だ。
　修は視界の端で蠢いた影に視線を向ける。
「……まずいな」
　修は仕事場のマンションへと入る。エレベーターを降りた五階フロアで、サイレンが鳴り響いた。
　通路の手すりの隙間から下を見やると、影がマンションの入り口に吸い込まれたように見えた。
　修は急いで部屋へと駆け込む。
「はぁ、はぁ」
　玄関の鍵を閉めると、乱れた呼吸はすぐに整った。
　修はリビングへと入り、カーテンを閉める。隙間から見えるのは灯りのつかない街。
　街を彷徨しはじめる人に似た形の影。深紅の目が嫌に目立って見える。
　と、その時。

ドンッドンッドンッドンッ。

　玄関のドアが物凄い勢いで叩かれたのだ。
　修は、はっとして振り返る。時計の針の音が、嫌に大きく聞こえた。
「さっきの、あれか」
　マンションの入り口へ吸い込まれた影がここまで上がってきたのだろう。部屋へ駆け込んだのはサイレンがなり始めた時刻。
「見られていたか……？」
　修は冷静な口調でそう呟き、室内を見回した。何か武器になるものはないか。探してみるが、玄関に傘が一本あるだけだった。
　
ドンッ、

ドンッ、

ドンッ。

　間隔を開けて、鳴り続けるノック音に近づくのは少し危険な気がするが、それしかないのだから仕方ない。
　と、修が傘を手にした時、ドアのノック音が止んだ。
「これはあれだな。確認したら目が合うパターン」
　絶対に見ない。修がそう決心し、リビングの方へ戻ろうとした時。
　背後で脱衣場の戸がバタンッと音を立ててしまった。
「！」
　修は素早く振り返るが、戸を閉めた何者かは廊下にはいなかった。だとしたら、脱衣場内に入って行ったことになるが。
「もう侵入されている……ということなのか」
　修は気持ちを落ち着かせるために深呼吸をし、直後ダッシュでリビングへ駆け込んだ。
　わざわざ脱衣場の戸を開ける必要もないだろう。リビングのドアを閉めて、ソファやテーブルなどでバリケードを張る。
「これでなんとか乗り切れるか？」
　ふと、リビングのカーテンを見ると、ほんの少し隙間が開いていた。先ほど、外を確認した時に閉め忘れたのだろう。
　修は脱力気味に息をつくと、カーテンを掴んだ。目が合った。
「っ！」
　さすがの修も一瞬、声をあげそうになった。
　リビングに面するベランダのガラス戸に張り付いていたのは赤い目をした異形の者。それは一体だけでなく、無数に蠢いていたのだ。
　そして、修の肩に手が置かれた。

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