大変だ！なんかにょろにょろし始めた｜リアクション

大変だ！なんかにょろにょろし始めた

●夕方、寝子高にて

　生徒会の仕事で学校に来ていた志波武道は、廊下の窓から、外を見やった。
　冬ならばとうに暗くなりかかっている時刻だが、今はまだ、青空も太陽も見えている。
「んー、段々と日が長くなってきたなぁ」
　このまま季節は巡り、そのうちには、早く日が暮れて涼しくならないかと思うような、夏が来るのだろう。
　そんなことを思っていたら――。
「……いででで！？」
　武道は大きな声を上げた。急に、左手首に激痛が走ったのだ。
「なんだっ！？」
　慌てて見れば、そこのはめていた腕時計が、もぞもぞと動いている。
「はああ！？」
　思わずじいっと見つめていると、文字盤がきらりと光り、時計は大人しくなった。
「動いていることに気づいたから、か……？」
　しかし、ほっと安心したのもつかの間。
　今度は腰が、きつく締め付けられる。

「って、ベルトか！」
　動きを止めたと思った腕時計は、手首から前腕へ、肘を通って上腕へと移動していった。
　そのにょろにょろ具合は、人ならスキップでもしているかのように軽やかだ。
　そして最後は肩の上に到達し、ぴょこんと跳ねて、文字盤をぴったり顎にくっつけてくる。
　ベルトの方は、動いていることに武道が気づいてすぐに、ウエストをぐるぐると回り始めた。
　動物が自分の尻尾でも追うように、ぐるぐる、ぐるぐる。
「腕時計のほうが人懐っこい感じかな？　ベルトはマイペースか？」
　フラフープじゃあるまいし、こんなにぐるぐるウエストを回って、いったい何がしたいのかと見ていれば。

「アッ」
　布の上をつるりと滑って、ガシャン！
　ズボンとともに、床の上へと落ちていった。
　そのあとは、一ミリだって動かない。
「体から離れたら元に戻るのか……」
　なるほどと思わず見入るが、武道の下半身はパンツ一枚。
「って、やばっ！」
　武道は慌てて、床に落ちたズボンを引き上げた。
「いやぁ周りに誰もいなくてよかったよなホンット！」

「これも神魂のせいなんだろうけど、腕時計とベルト、細長いもの……身に着けてる物で、性格も違うみたいだな」
　武道はかちゃかちゃベルトをしめながら、相変わらず肩の上でぴょこぴょこ揺れている腕時計を見下ろした。
「こいつは無害そうだよな……」
　呟くと、時計は「そうです」と主張するように、文字盤を煌めかせる。
「ほらやっぱりいい奴……って、ちょっと待て、まさか……」
　寝子島の高校の制服には、ネクタイがある。
　武道が胸のあたりを見たとたん――。

「ぐ……ッ！」
　使い慣れたネクタイが、襲い掛かってきた。
　もともと首に巻いているものだ。ネクタイ自身がその気になれば、武道の呼吸を止めることなど、たやすいこと。
　武道は咄嗟に、タイと首の間に、手をすり込ませた。
「うううっ……」
　手ごと首を絞めようとするネクタイを、押し返すべく力を込める。
　いっそはさみでもあれば切れたのにと思うが、あいにくそれは今持っていない。
　いや、あったとしても、探そうとする間に、絞殺されることは間違いなしだ。
「くそっ！」
　武道は若い力を生かし、力任せに引っ張って、ネクタイを無理やり引きはがした。
　それはそのまま、床に投げつける。
「あっぶな……」
　動きを止めたタイを見るため、傾いた肩から、時計が落ちる。
「あっ……！」
　武道は呆然と、ネクタイと時計を見つめた。
　あまりのことに、そうするしかできなかったのだ。
　だが数分後には、時計を拾い上げ。
「……壊れてないか、家に帰ったら確認しないと」
　と、ため息をついたのだった。

このページにイラストを設定する