夢渡り｜リアクション

夢渡り

●新田亮の夢
「あなたは最近、どんな夢を見ましたか？」
　そう尋ねられ、亮は待ってましたとばかりに話し始めた。
「俺の見た夢か。結構壮大だったぞ」

　その日見た夢は、なんとも不思議な夢だった。
俺が辿り着いた世界は、なんと荒廃した寝子島なんだ。
初めは様変わりしすぎていて寝子島だとは分からなかったが、
歩き回っているうちに見覚えのある景色に何度も出会ってな。
もしかして、ここは寝子島かと考え出したときに、
ぱっと寝子島高校に出て、ああやっぱりここは寝子島だと確信した。
まあ、高校も荒れ放題だったけどな。
いつもの平和で穏やかな寝子島とは似ても似つかない。
そこら中が廃墟と化していて、治安も恐ろしいほど悪化している。
幸いなことに腕に自信のあった俺は、そこらにいる悪漢共を叩き伏せ、
治安維持のためにも、この地で生きる決意を固めたんだ。

……とはいえ、特に行くあてはない。
俺の家も廃墟になってしまっていて、とても住めたものではなかった。
ふらふらと島内を彷徨っていると、
俺はやがてコンクリートのビルが密集した場所を見つけた。
　建物は出鱈目に積み上げられ、そこら中にネオンの看板やアンテナがある。
ガラスの割れた窓や、落書きとシミだらけの壁。
建物の積み上げかたや繋がりかたに規則性は一切なく、
まるで子供が無邪気に積み上げた積み木の城のようだった。
どう考えても安心・安全とは程遠い場所だが、
なんとまあ、夢の俺はこの建物をいっぺんで気に入ってしまってな。
どこがいいんだか今の俺には全くわからないが、
これは興味がそそられるな、と思ったとたん、
いても立ってもいられなくなってしまった。
行ってみるか、と思うが早いか、独りで建物の中に足を踏み入れていた。

建物内部は、明かりのつきかたさえまちまちだった。
明るく照らされた廊下もあれば、電灯の気配さえない真っ暗な廊下も、
電灯が割られたまま放置されている廊下もある。
もちろん、明るいからと言って安全とは限らない。
配線や配水管なんかが剥き出しで、機能しているのかどうかさえ分からない。
壁からは汚水が染み出しているし、汚水の水たまりには小さな虫が沸き、
あちこちを巨大なネズミがうろついている。
廊下は迷路のように入り組んでいて、方向感覚さえおかしくなりそうだ。
まっすぐ進んできたはずなのに数十分前に通ったはずの場所に戻されたり、
元の場所に戻るはずが全然知らない場所に出たり、行き止まりだったりするんだ。
階段も途中で途切れている場所が多かった。
普通なら、嫌になって帰ろうとするかもしれないが、夢の俺はなんと
衛生面は最悪だが、これは面白いとばかりに建物内部を歩き回った。
パッと見では分からないが、意外にも施設は充実していたな。
学校や病院、電気屋に飲食店までもある。
が、もちろん正規のものではない。
学校で教えていたのは勉学ではなく生き残りかた、急所の狙いかた。
病院で処方される痛み止めは……まあ、現実では法に触れるものだろうな。
電気屋に並んでいたのはどこからか盗んできたらしいガラクタの寄せ集めだし、
飲食店は和風とも洋風とも中華ともつかず、テーブルは油でべたべたしてたな。
まあ、それでも腹が減ってはなんとやらだ。
俺は腹ごしらえと情報収集を兼ねて、酒場へ向かった。
ここは料理の味は悪くないんだが、賑やかなのが玉に瑕だった。
そう、賑やかすぎるぐらいだ。
カウンター席から背後を振り返ると、罵り合いは日常茶飯事。
その日はさらにヒートアップしていて、とうとう殴り合いまで始まった。
殴り合いをする男達を眺めながら、俺は酒場のマスターに聞いたんだ。
何処もかしこも荒れ放題。マスター、こんな場所でよく営業できますね、と。
酒場のマスターは一見気弱そうな爺さんなんだが、
不思議とこの界隈でもこの店だけは狙われにくかった。
マスターが言うには、この店は住民達の数少ない憩いの場だから
襲われ難いんだそうだ。襲われづらいだけで襲われないわけではないらしいが。
とうとう刃物まで出てきた目の前の喧嘩を見て、
よくそんな言葉が出るなとも思ったが、まあその辺の感覚は人それぞれだ。
とにかく俺は、唯一の安らぎであるメシ時を邪魔する男どもから
刃物を取り上げて店の外に放り出した。
マスター、もし良ければここで働かせて貰えませんか、
料理は得意な方だし、腕っぷしにも自信ありますよ、と言った俺は、
マスターの返事を耳にする前に目が覚めた。

「というところだが、どうだろうか」
　亮が話し終えて顔を上げると、
ついさっきまでいたはずの彼らの姿が消えていた。
「猫に化かされた、か？」

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