なんだかとっても、たのし草！｜リアクション

なんだかとっても、たのし草！

（……さん！）

「ほえ？」

　誰かに呼ばれた気がして、椿美咲紀は振り向いた。
「誰か、私のこと呼びました？」
（……さん、こっちこっち！)
「誰か『そこのかわいいお嬢さん』って呼んだような……」
（椿さん、足元ですよ！）
「誰か、いるんでしょうか……」
（……そこのかわいいお嬢さん！）
「はい？」

　さっと顔を向けると、顔のついた花が一輪。
「ほほえほえ！　キュートなのです！　草が喋っているのです！」
　昔の音楽を聴くと踊るおもちゃのようだが、これは生草。
「椿さん、じつはおりいってご相談が」
「あなたが、私を『かわいいお嬢さん』って呼んだんですか？」
「……相談が……」
「そういう的確な表現は、人の少ないところで使わない方がいいですよ。もっと人前で……」
「可愛い椿さん、じつはご相談が」
「ほえ？　花に相談を持ち掛けられたのです？」

　新聞部である美咲紀、常におもしろネタを探している。
　今日も買い物の途中、ネタさがしに余念がない。眼と耳のアンテナ全開。
　そんな常時バリサンの椿のアンテナに、なにかが引っかかった。

「実は今、僕たち草が皆さんと喋れるようになっているんです」
「この陽気に誘われて、おしゃべりを体得したとかですか？」
「理由はわからないけど……僕たちも、みなさんとお話できてとっても嬉しいです」
「いろいろインタビューさせてください」
「もちろん。……でも、お願いが」
「ほえ？」
「僕たち草の中には、人の気持ちに作用する力のある連中もいます。
　悪気があるわけじゃないんですが、意見に混乱があって……」
「人間同士で分かり合うのも、大変です」
「普段から草花に優しい椿さんなら、間を取り持ってくれる『もぎたて花大使』になってくれると思うんです」
「間を取り持つ……ですか」
「ぜひ、人間と草の気持ちを繋ぐ役目を果たしてください」

　椿は考える。
　確かにこれは、面白ＮＭＲ案件。
　大使の名目でいろんな草にインタビューできるのなら、これほど便利なこともない。
　新聞部としては、願ってもない展開だ。
　
「椿さん、ぜひ！」
「うーん……」

「椿さんしか、この役目をお願いできないんです」
「でも、私にも予定が……」
「そこをなんとか……」

　そこまで呟いて、草は言葉を切る。
　椿は、ちらりちらりと視線を送っている。
　彼女が、何を求めているのか。
　
「美人でコケティッシュで、トランジスタグラマーな椿さんに、ぜひ」
「仕方ないなあ、そこまで言うなら引き受けましょう！」
　胸を張って、椿が頷く。
　
（人選、間違えたかな……）

　
　草花に理解がある。
　心優しい。
　加えて、好奇心旺盛。
　だが……。
　
（椿さん、人の話聞いているようで、聞いてないところあるから……）

　草よ、人間の女性なんて、みんな大概そんなもんだ。

「それじゃ･･････」
　ごそごそとＩＣレコーダーを取り出す椿。
「インタビューさせてください！　このお話を、是非寝子島新聞に使わせてほしいのです！」
「いいですよ。なんでも協力します。そもそも僕らが活動できるのは非循環的電子伝達系の光化学反応によってで、プロトンが光化学系ⅱ内のアンテナ複合体に光学スペクトルが細くなることで獲得されるのですが･･････」
「なるほど、よくわかりました！」
　快活に頷いて、ＩＣレコーダーをオフにする。
「周りの草の人たちは普通なのに、あなただけ進化したのですか？」
「そもそも進化というのはド・フリーズの用不用説によると環境への即時適応という」
「大変よくわかりました！」
　満面の笑顔で（使えねえ）という新聞記者としての本音を押し殺す。
　見上げた記者魂である。

「ええと、じゃあ、気持ちいいこと。風に吹かれたりすると、気持ちいいですか？　日々楽しく過ごされていますか？」
　その質問を聞くと、草はにっこりと笑顔になった。
「それは、人間に大事にされたり、人間と一緒にいるときが、草は一番楽しいんです」
　素敵な笑顔を、椿はカメラに収める。