５月の☆ハッピーバースデー｜リアクション

５月の☆ハッピーバースデー

●１日

　星ヶ丘にある雑貨屋『Walpurgisnacht』をご存知だろうか。ハーブが萌える小道を抜けると、古びた洋館。その扉を開けると、お下げ髪の可愛らしくも不思議な威厳のある魔女が出迎えてくれるのだが……その魔女は本日、普通の女子高生に戻りカウンターの奥で棚卸し作業をしていた。

「店長……結局帰ってこなかったな」
　この店の看板魔女、舞錠桜華は、小さく溜息をついた。
　魔女の格好をしているが、実は桜華は魔女どころかオカルト方面にはとんと疎い、ただのコスプレ好きな女子高生だ。その趣味をこの店の店長である従兄弟に買われ（？）、魔女アルバイトとして雇われてしまったのだ。
　親元から離れている桜華にとって、この年の離れた従兄弟は家主でもあるので文句も言えず、内心ばれないかドキドキしながらも、桜華は立派な魔女として店を切り盛りしている。そして本来の店長はこれ幸いと、買い付けと称して国内外を飛び回り、胡散臭いオカルトグッズなどを送りつけては桜華の目をまん丸くさせていた。

　こんな感じで自由人の従兄弟が不在をしているのはいつもの事なのだが、それでも桜華が冒頭に溜息をついてしまったのには訳がある。実は今日は、桜華の誕生日だったのだ。
（今日も、ひとりぼっちかあ）
　在庫データ入力の手を止め、桜華はぼんやりと店内を眺めた。
　童話の中のようなこの不思議な空間は、嫌いではない。けれど、お客さんも店長もいないココは、何だか今日はちょっと広すぎる……。
　その時突然この静かな空間に、コンコンというノックの音と大きな声が飛び込み、桜華は思わずひゃっと肩を竦めた。
「すみませーん！　黒猫ニャマトでーす！！」
「は、はーい！」

「お、重い……」
　配達のお兄さんから受け取った荷物を桜華は何とかカウンターに載せた。
　荷物に貼られている送り状はこの店の住所と桜華の名前のみで、差出人の欄は真っ白だ。
（……店長だな、これ）
　桜華の眉根が少し寄った。こんな荷物の送り方をしてくるのは彼しかいない。そして、中身も恐らく謎のオカルトグッズ……。
　桜華はおそるおそる危険な匂いのする箱にぐるぐる巻かれたテープを剥がす。そして片目をつぶりながらえいっと箱を開けると。
「……埴輪？」
　桜華の口がぽかんと丸くなった。箱の中には桜華と同じように口と目をまん丸く空けた、素焼きの埴輪が何体も入っていた。
「次の商品はこれかー」
　へえと桜華はそれを手に取る。何の変哲もない埴輪だ。
（なんで埴輪？）
　桜華はちょっと首を傾げたが、イモリの姿焼きとかよりはよっぽどマシだ。パソコンに従兄弟から商品確認のメールが届いているかもしれないと桜華が埴輪を置き、立ち上がったその時だった。

『おめでとう！』

　突然いないはずの従兄弟の声がする。
「は？」
　思わず声を出して桜華が後ろを振り返ると。

『『『『桜華、誕生日おめでとう！』』』』

　いつの間にかカウンターの上に、あの埴輪達が勢揃い。声を揃えてそう言うと、ピョンピョンとそれぞれカウンターから飛び降り、桜華の周りで楽しげに踊り始めた。
「―――ぎゃー！」
　誰も居ない店内に、桜華の悲鳴が響き渡った。

『『『『桜華、いつも大変な思いさせてすまねえな！』』』』
「ひっ！」
『『『『俺様からの差し入れだ！　非売品だぜ！』』』』
「ぎゃあ！」

　輪になり踊る埴輪達。埴輪達の大合唱の中、桜華はぎゅっと目を瞑った。
（待って！　嘘！　これは夢よーーー！！）

　―――ハッ。
　桜華はカウンターからガバリと体を起こした。棚卸しに疲れたのか、いつの間にか寝てしまったらしい。
（埴輪が歌って踊るとか……ある訳ないよね）
　箱に並んでいる口をポカンとさせた埴輪達に苦笑すると、桜華はまた作業を再開した。
　一人ぼっちの店内。
　それでも。夢でも。従兄弟の「おめでとう」の声は、少し寂しかった桜華の胸を温かくするのだった。

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