寝子高のとある（非）日常｜リアクション

寝子高のとある（非）日常

●保健室の先生、始めました

　私が先生？　とは思いながらも、御巫時子は寝子高へとやってきた。
　足を向けるのは、いつもの教室ではなく保健室。
　今日の時子は、どうやら、保健室の先生であるらしかったので。
　白衣に、袖を通す。
　鏡に映る自分の姿に、ふっと、目元が和らいだ。
（何だか、不思議な感じがしますね。白衣で思い浮かぶのが、尚輝先生なので）
　その時、ちちち、と鳥の囀りが耳に届いた。
　窓辺に、雀がちょこんと留まっている。
（そういえば、ろっこんは使えるんでしょうか？）
　ふと気になって、時子は胸の内に強く念じると、雀へと声をかけた。
「おはようございます、いいお天気ですね……」
『おはよう！　今日は、何だかいつもと違う？』
「そうなんです。でも、雀さんとはお話できるみたいで良かった」
　そんなふうに言葉を交わしたあとで、時子は、白衣の裾を翻して保健室を出ることに。
　向かうは、理科室だ。
「あ、時子先生、おはようございます！」
　登校時間のことである。生徒達にそう声をかけられて、
「おはようございます……」
　と、時子は笑みを零した。慣れない呼び方に、ちょっぴりはにかみながら。
　やがて、辿り着いた理科室の扉を、こんこん、とノックする。
　どうぞ、の声を耳に、時子は薬品の匂いがする室内へと足を踏み入れた。
「おはようございます。尚輝先生、授業の準備ですか……？」
「ああ、おはようございます御巫先生。ええ、今日は実験があるもので……」
　微笑みと共に言葉を手渡せば、ぼそぼそとした声が返る。
　御巫先生、という呼び方は、時子の胸をほこほことあたためた。
　――尚輝先生から先生と言われるのは嬉しいです。
　――同じ立場で、傍に居れるから。
　そんなことを思っていると、「御巫先生？」と五十嵐尚輝先生がもう一度呼んだ。
　距離が近い。五十嵐先生は、いつの間にか、時子のすぐ傍まで歩を進めていた。
「あ、は、はい……！」
「何か、ご用事では？」
「いえ、その……尚輝先生、きちんと睡眠をとられてますか……？」
　顔色を確かめようと、五十嵐先生の顔をじぃと見つめる時子。
　その眼差しに気圧されたように、五十嵐先生が一歩後ずさった。
「ええと、あの……」
　形勢は逆転だ。それでも、もし良ければ保健室のベットを使って下さいね、との時子の言葉に、
「いえ、それは……生徒達が真似をするといけませんから」
　なんて、五十嵐先生は至極教師らしい一面を覗かせるのだった。
　時子も、そろそろ保健室に戻らなくてはいけない。
　尚輝先生ともっと一緒に居たい、と後ろ髪を引かれながらも、
「カップ麺とコンビニのお弁当以外も食べて下さいね……」
　と、時子は五十嵐先生に、柔らかな笑みと共に手作りのお弁当を手渡した。
「ああ、ありがとうございます。何だか申し訳ないですね……そうだ」
　自身の荷物がある方へと一旦引き返した五十嵐先生が、すぐに扉の近くへと戻ってくる。
「これ、良ければ」
　ぽん、と時子の手のひらに優しく落とされたのは、ティーバックの紅茶の包みのようだった。
「１回分ですが、お仕事の合間にでもどうぞ。貰い物なんですが、僕には珈琲がありますので」
　包みからは、苺とキャラメルの甘い香りがした。どうやらフレーバーティーらしい。
「ありがとうございます、尚輝先生」
　そして時子は、自分の《仕事場》へと戻るのだった。

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