寝子島と教室と、制服と私｜リアクション

寝子島と教室と、制服と私

◆まだ見ぬ明日へ

「り……篠宮。起きろ」
「んー……」

　授業終了のチャイムが鳴っている中、神嶋征一郎は篠宮六花の身体を揺すった。前の授業から眠りっぱなしだった六花の眠りは深く、短く唸るだけでその瞳は開かない。征一郎は彼の肩をガッシリ掴み、またその身体を揺すった。

「次移動なのにいつまで寝てるんだ」
「あと五分……」

　六花はべったりと机に張り付いたまま、動かない。しびれをきらした征一郎は六花の身体を無理やり起こし、その白い頬をペシペシと叩きながら口を開く。

「待っててやるから早く用意しろ」
「先に行ってて……」

　夢うつつの六花はおぼろげな意識の中で返事をした。
　――……これは夢か？　わからない……。
　ただ、征一郎は待つよりも自分より先に進む方が似合ってると、六花は思う。征一郎は六花の譫言に心底呆れた様子で、六花の襟元を掴んだ。ふらふらと覚束ない足つきの六花を、引き摺るような形で音楽室へと運んでいく。

「どうせお前一人じゃ迷子になる」

　そんな声を、六花は訊いたような気がした。征一郎だって、相手が別の友人なら置いていくのだが、六花は――。思い出して、征一郎は次の授業のことに思考を集中するよう努めた。もう二度とあんなことが起こらないよう、内心祈りながら。

　音楽室には既にたくさんの生徒が犇めきあっていた。征一郎がそこに足を踏み入れると、引き摺られていた六花がぱちりと目を開けて、クリアになった意識で周囲を捉える。最後の記憶は教室。となると……六花は視線を背後の征一郎に移す。

「そうか、引き摺られていたのか。ありがとう、征一郎」
「やっと起きたか。さっさと座れ」

　ぱっと手を離された六花は、そのままふらふらと席まで歩いて行く。二人が席について少し経つと、チャイムが鳴って教師が入ってきた。今日は歌唱をと、楽譜の描かれたプリントが配られる。

「歌？」

　六花がちらりと隣を見ると、渋い顔をした征一郎の姿があった。空気もどこかどんよりとしている。
　――歌はあまり好きな部類じゃねぇ。
　征一郎はこう思いながら、プリントを手に取った。明日へ希望を、といったような詞を歌い上げる合唱曲のようだ。それを六花がぴょこり、と横から覗き込む。

「歌わないならこれから『モゲ蔵』って呼ぶぞ」

　耳元で響いた声に、征一郎は冷ややかに応じた。

「てめぇがモゲ蔵と呼ぶのは勝手だが返事しねぇからな」

　自分を無視する征一郎を想像して、六花は胸を痛める。彼は俯いて、悲痛な顔を手で覆い隠した。

「お、おい」

　ここまでショックを受けるとは想定外だったのか、征一郎は心配そうに六花を見る。教師も板書を止め、六花の席の方を見た。

「この曲はペアを組んでやってもらう。……篠宮、どうした。体調が悪いなら保健室に行くか」

　教師の言葉に六花は首を振り、その心の内を悟られまいと口を開いた。

「俺は、ずっと征一郎にヤれ、って言われて無理強いされてあんなに……あんなに激しく……それなのに……」

　ざわついていた音楽室が、更にざわつく。

「そうなのか、神嶋！」
「違います」

　教師も征一郎も焦った顔で視線を交わし合った。それに油を注ぐように、六花は肩を震わせ、泣き真似をし始める。

「おい、誤解を招くような言い方してんじゃねぇ……！！」

　征一郎が言うと同時に、六花が顔を覆い隠していた手を退けて、真剣な表情を見せた。

「過ぎた冗談だったな、すまない」

　なんだ冗談か、と生徒はざわめくのを止め、教師も視線を逸らした。征一郎も急に真面目モードに移行した六花に溜息を吐く。六花は楽譜を見た。

「それじゃ、真面目にやるか」

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