襲われよう、一般人｜リアクション

襲われよう、一般人

恵御納夏朝は手にしていたビニール袋の中身を確認して、静かに頷いた。先程買ってきた猫用の缶詰とミルクだ。実は内緒で飼っていたりする。
「喜ぶかな？」
　あげた時の猫の反応を妄想して、思考が緩む。
　と、何気なく電柱を見やると、一枚のポスターが貼られていた。
『ねご子』というホラー映画のエキストラ募集のものだった。
「ホラー映画？　って、あれ？」
　いつの間にか進行方向に妙な格好をした女が立っていたのだ。長い髪、白い服、そして足元は裸足だった。
「ね、ねご子！？」
　背筋に悪寒が走る。
　何が起きているのかわからない。わからないが、良くないものだということはわかった。
「に、逃げないと……！」
　夏朝は背を向けて駆け出した。すぐに女が動いた。予想通り追いかけてくる。
「よかった、はぁはぁ、逃げきれ、そう」
　しかし、路地を曲がった先に女が立っていた。
「って、え？」
　慌てて、バックステップを踏んで、距離を取る。後ろを確認すると追いかけてきた女の姿はなく、
「きゃははははははっ」
　目の前に現れたそれが笑い声をあげた。
「くっ」
　反射的にろっこんを発動をさせる。
「追いかけて来れないように重くしてあげるよ」
　しかし、飛ばしたねこシールが女の体をすり抜けて、消滅してしまった。
「な、なんで？」
　夏朝は慌てて、逃げ出した。
「僕のろっこんが効かないなんて。はぁ、はあっ、はぁ」
「もう、走るの、つ、辛い」
意識が遠くなってきた。
「あ、足早いし、人の顔舐めたり、笑い声……鳴き声上げたり、回り込んできたり」
　何かに似ている？　夏朝はそんなことを考え始めた。
そして、とある答えにたどり着く。夏朝ははっとした。
「そ、そうだ、ねご子ちゃんは、きっと猫さんなんだよ！」
　明らかに正気がぶっ飛んで思考がおかしくなっている。
「一体どういう理屈だ？」
声を掛けられ、走りながら見上げると、屋根を渡り歩いている少年の姿が。新田亮だった。しばし、並走する。
「はあ、はあ、もしかして、君もねご子に？」
「ああ、そういうことだ。それより、ねご子が猫とはどういう意味なんだ？」
「そのまんまだよ？　もしかして、君、猫が怖いの？」
「こ、怖いわけがあるか！　そもそもあれは猫じゃない」
「ふふふふ、ねご子ちゃんにご飯あげなきゃ。ねこじゃらし持ってくればよかったよ！　そうだ、一緒に触ってみようよ、怖くないから！」
「怖くないっ」
　亮はそう強がって、別の方向へと駆けて行ってしまった。
　夏朝は気にせずビニール袋から、猫缶を取り出した。
　そして、足を止め、勢い良く缶詰めを開ける。
　パキッ！
「さぁ、おいでねご子ちゃん！」
　そう言って地面にぶちまける。
「もう一個！　そしてミルクも追加だよ！」
　右手に缶詰め、左手にミルク缶を持って追いかけてくる女に特攻。
　気づけば、捕まって、顔を舐められていたが、
「なでなでもふもふっ。あはははっ」
　笑顔だった。
　女の髪の毛をもふっていると、鼻を噛まれた。
「あ……」
　甘噛み、幸せ……！
　夏朝はそのまま地面に倒れ込んだのだった。

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