●アロハなお出迎え


　それではいよいよ猫鳴館へ向かうことにしよう。
「猫鳴館って高校の裏の森の奥にあるんだね」
　シオ・レイゼルオークの長い銀髪が新緑の森に映える。
「普段はもっと辿りつきにくそうな気がするのは、部外者、学生じゃないからかな。気持ちの問題的な」
　あっちが九夜山、こっちが旧市街地、そっちがシーサイドのはず、と振り返って帰り道を確かめる。
　と、そこに、赤い髪の小学生・古尾 桐子が、元気よくやってきた。
「お！　おねーさんも、猫鳴館に行くッスか！」
「そうだよ。……あ、あれかな？」
　木立の間に見えてきたのは、おんぼろなお化け屋敷みたいな建物だ。
　おんぼろ屋敷の中からは、その佇まいに似合わない陽気なハワイアン音楽が漏れ聞こえてくる。
「うおー！　このおんぼろな屋敷って寮だったんスか！　何か面白そうな事やってるし突撃ッス！」


　♪風のすべてがわらしの唄ー、星の全てがわらしの夢ー
　♪かいまなひ～ら～　かいまなひ～ら～
　♪あ～やんなっちゃった～～

「ようこそ～、猫鳴館へいらっしゃいなの～！」
　南国風わらしソングにのって踊りながら、自治会長の橘 明里が、お客さんたちにもてなしの言葉をかける。

「いらっしゃいませ大王さまー、女王さまー
　ようこそハワイへー、いやぁ～待ってたよー？
　わらしはハワイが生んだ妖怪戦士、イカイカ族の
　シラワキシーザー三世と申しますがんすー」

　名前は逆から読んでいただければ、彼の正体に気づいていただけるだろう。
　そう、猫鳴館のざしきわらしこと雨崎 荒太郎だ。
　荒太郎は腰蓑＋黒ふんどしという装いで、ココナッツを刳り貫きクジャクの羽根を飾ったド派手な被り物を被っていた。本人曰くハワイの戦士のヘルメットだそうだ。
　外観とまるで違うハワイアンな内装と、荒太郎の熱烈大歓迎にたじろいだシオは、混乱して目を白黒させる。
「あ、新しい温泉施設、かな？」
「まぁまぁ細けぇことは気にせずスパにショーに楽しんでいってがんすね」
　シラワキシーザー三世がその奇天烈な格好と話し方で、いろんなことをうやむやにした。
　細けぇことを気にしていない桐子はぴょんぴょん飛び跳ねご機嫌だ。
「うおー！　すげぇッス！　ハワイッス！　アロハーッス！　こんなおんぼろ屋敷の中にハワイがあるなんてスゲーッス！　えっと、ここで着替えたら中を探検してもいいんスね？」
　すると、アロハ姿の鷹取 洋二と、ムームーを着て手作りのプルメリアの髪飾りをつけた海月 珊瑚とが寄って来て、あれよあれよという間にお客さんを着替えブースに導く。
「アロハ～！　ようこそ、なのだわ！　さあさあ！　この服に着替えるのだわ！」
「着替えはアロハかムームー……なんでハワイでフンドシッス？」
「猫鳴館だからなのだわ！」
「よくわからないッスけど、とりあえずウチはアロハに着替えるッス！」
　髪の色に合う真っ赤なアロハに着替えた桐子は、洋二にお花のレイをかけてもらい、珊瑚にはハイビスカスの髪飾りをつけてもらってご機嫌だ。
「これは私からのプレゼントなのだわ！」
「んー、実にトロピカルな気分ッス！　テンションアゲアゲッス！」
　と、張り出されていた寮内図を見て。
「あ、これ出し物の説明ッスかね？　裏庭でドラム缶風呂……何か面白そうッス！」
　物おじせずに中へ飛び込んでゆく。

　そうこうする間にも、お客さんは次から次へとやってくる。
（ついこの前、お泊り交流会で星ヶ丘寮に泊まり、そこでセレブの世界を垣間見たのだけれど……）
　桜花寮暮らしの水上 桜は、星ヶ丘寮とも違う猫鳴館の様子に眩暈がした。一言で言えば、カオスだ。
「噂には聞いていたけど……『一見は百聞に如かず』ってこのことね」
　なぜ猫鳴館の人たちが、ふんどしを強力プッシュしてくるのか謎でしかない。
　無難にムームーに着替え、珊瑚にレイと髪飾りをつけてもらう。
（何だか本当にハワイへ行った気分になるわね。本物のハワイへはまだ行ったことないけれど）
　そんな桜の耳に、「来る場所間違えた？」というつぶやきが聞こえた。

　ムームーに着替えたスレンダーでショートカットの女子は、椎井 莉鳥である。
　アロハシャツ姿の北里 雅樹が
「似合うんじゃね？」
　とかなんとか話しかけてるが、莉鳥はほとんど表情を変えない。
「スカートなんて制服以外はまず履かないからたまには、と思って選んでみただけよ」
　莉鳥は、元カレである雅樹の母親に頼まれて服や缶詰などを届けに何度か猫鳴館を訪れたことがあった。とはいえ、大抵長居しないので中の様子は詳しく知らない。今日は、特にすることもないし、と来てみたが、あまりにハワイアンな雰囲気に驚きを通り越して呆れ気味である。
「キラウェア火山っての作ったんだ。昼になったら大部屋でロコモコ丼出すから来いよ」
「そう。気が向いたらね。それより今日は裏方なんでしょ。仕事しなさい」
　相も変わらずツレナイ莉鳥である。

　続いてやってきたのは新田 亮と新田 樹の兄妹。
　妹の樹は、褌をプッシュしてくる洋二に向かって、にこやかに、
「兄さんは褌を付けます」
　なんて言っている。
「いやいや、待て。褌は嫌だ。俺はアロハシャツにする」
「ええー？　それじゃ私が付けるよ！」
「それも待て！　俺が同類だと思われる！」
　焦る兄を見て、樹はいたずらっぽくウィンクして「冗談だよ」と笑う。
（勘弁してくれよ……妹のあられもない姿を周りに見せるなんてとんでもない）
　言葉には出さない兄心。それから思う。
（そもそも褌を付けたがる奴はいるのか？）

「ん……？　褌があるのか？　滅多にはく機会がないが日本男児としては一度は纏ってみたい！」
　いた！
　黒に近い銀髪で、後ろ髪の一房だけ馬の尾のように長い小犬丸 信乃は、そわそわと褌に熱視線。亮の兄心とほぼ同じ心境で、幼馴染で世話役の鴉取 荘助がどうどうと信乃を宥めている。
「アロハ、お願いします」
　差し出された赤と黒のアロハシャツ。荘助はさっとそれを受け取る。
　口惜し気にシャツの裾を噛む信乃さん。
「ぐぬぬ一度受け取った物をお返しするわけには……」
　そんなわけで、まずはアロハに着替えた信乃と荘助であった。