【おもちゃの城に突入せよ】

　月明りが照らす、のっぺりとしたおもちゃの城壁の狭間から、おもちゃの兵隊が顔を覗かせる。
　そんな兵隊達の顔が、そのとき、ぎょっと驚きの表情に変化した。
「いくぜ、俺の白い相棒！　えーと、名前は後で考える！」
　夜空のムコウから、白鳥に乗った筋骨逞しい男――曖浜 鴻が吶喊してきたからだ。
『『！？！？！？』』
　おもちゃの兵隊達は、城壁から飛び上がらんほどに驚き、慌てふためいている。
　城壁の上の兵隊達は虚を突かれて、せっかくの鉄砲や弓がただの飾りと化していた。
　八神 修は物陰からその様子を覗うと、仲間達に目で合図を送り、自身も突入の態勢を整えた。
「よし、行こう。ニーナは危ないから、合図をするまでここで待っていて」
「は、はい。気をつけて」
　心配顔のニーナに頷くと、修は椿 美咲紀とリリエル・エーテライトを率いて、盾を構えて突入した。
『『！？！？！？』』
　上空の白鳥に気を取られていた橋を守る門番の兵隊達も、その場でぴょんと驚きに飛び上がる。
　このまま一気に突撃すれば、総崩れになるか――と思ったそのときだった。

『○△■×＠：＃＄＆！』

　城壁の向こうから、隊長格とおぼしき大仰な格好の兵隊が現れて、部下達に激を飛ばす。

『『『『！？！？！？』』』』

　すると、おもちゃの兵達がハッと我に返り、侵入者達を迎え撃ち始めた。
　ひゅうと風を裂く音とともに、こびとまほうで強化されたおもちゃの矢が上空の鴻と橋の上の修、美咲紀、リリエルを襲う。
「うおっと！　危ねぇ、危ねぇ……。いい反応だぜ、相棒！」
　飛来する矢をギリギリで回避する白鳥に、背中に乗った鴻が賞賛の声を送る。そのまま城壁ぎりぎりの高さで兵隊達の頭上を突っ切り、彼らの意識を自分に引きつける。
『グワッグワッ！』
　と、誇らしげな白鳥だが、その鳴き声はどこかアヒルっぽく、愛嬌のあるものだった。

　＊　＊　＊

　一方で、地上の修達も負けていない。前衛の修が方形盾で鉄砲の玉を防ぎつつ、弓矢は美咲紀とリリエルが魔風で吹き飛ばす。
「シューくんも、曖浜さんもやらせないわ！」
「暴力は苦手ですけど、魔法の扱いには自信があります！」
　二人の風を操る少女の声は自信に満ちており、その意思の強さがそのまま魔力に転換されたように、巻き起こる風は矢を修や鴻に寄せつけない。
（先輩達、さすがね。よし、私も……！）
　と、物陰から身を踊り出したのは水上 桜だ。美咲紀とリリエルの風の防御壁を前に、桜は無防備な姿を晒すことをほとんど気にする必要はない。
「見えた、そこっ！」
　刹那、桜のクロスボウの矢が城壁の狭間のおもちゃ兵を一撃で撃ち抜いた。
『『『『！？！？！？』』』』
　これに、兵隊達は大混乱に陥った。
　一方的に攻撃できるはずの城壁から、なぜか自分達が一方的に攻撃されているからだ。
　その事実に恐れ戦き、城壁から逃げ出す者も現れる。
「よっしゃ。鉄砲と矢の嵐が収まった！　ここからが俺の本領発揮だぜ！」
　その隙を、鴻は待っていた。
　白鳥から飛び降り、ブロックのでこぼこに足を取られぬように気をつけながら丸太のごとき太い腕を振るう。
『『……！？』』
　空から落ちてきた美少女もといおっさんに、おもちゃの兵隊の一体が驚くと同時に扉に叩きつけられる。
『……！』
　だが、その一方で、鴻の攻撃をかいくぐった兵隊が、こびとまほうで強化されたおもちゃの槍を勢いよく突き出してくる。


「そんなおもちゃじゃ俺は倒れねぇぞ！」

　しかし、鴻は、日頃から身体を鍛えていたので、頑丈さには自信があった。
「おらあっ！」
　おもちゃ槍の一撃を左腕でガードしつつ、鴻は右腕で思いきりおもちゃの兵隊をぶん殴った。
『！？！？！？』
　殴られた兵隊が吹き飛んでまた扉にぶつけられ、先程扉に叩きつけられた一体の上へと折り重なるように倒れる。
「よし、今なら！」
　と、そこで、修が橋の上から身を乗り出して堀の中に仕掛けられた無数の槍を視界に捉える。
（……見えた、分解！）
　刹那、修のろっこん《分解》が発動、仕掛けられた玩具の槍が、細かなパーツブロックに分解され、それが進化能力でふわりとおもちゃの兵隊の上へと移動していく。
「パーツブロックの雨だ！」
　次の瞬間、槍のパーツブロックが兵隊の上に降り注ぎ、彼らはにわかに身動きが取れなくなった。
「今だ、みんな！　扉に向かって、走れ！」
　修の声に、一人、また一人と後ろに控えていた仲間達が扉に向かって駆け出す。
「……よっしゃ、俺も行く……ぜ……！？」
　そのとき、扉に向かって走ろうとした鴻が、不意に左腕をだらりと垂らしてその場に膝を突いた。
「……っ！？」
　扉を分解して、お城への入口を開いていた修はその姿を横目に見て目を瞠った。
「……曖浜さん、私が回復するわ！　シューくんは先に行って！　すぐ追いつくから」
　そこで美咲紀が鴻のもとに駆けつけて、ここに辿り着く道中で手折った花で鴻にろっこん《舞花の祈り》による回復行動を行う。
「……わかった！　だが、無茶はするな！」
　修は頷くと、破壊した扉の奥に雪崩れ込む仲間達を見届けながら自身も盾でニーナを守りながら城の内部へ向かう。
「……すまねぇな。手間をかける」
「気にしないでください。曖浜さんのおかげでスムーズに突入できたのですから☆」
　頭を下げる鴻に、持ちつ持たれつですと美咲紀が微笑み、舞を続ける。
　と、そこに冒険者達の攻撃がやんだと見えた城壁のおもちゃ兵が再び鉄砲を構え、矢を射がける。
『グワッグワッ！』
　敵に気づいた白鳥の声に、鴻と美咲紀を見開く。だが、そこにリリエルが前方へと割って入り、魔風の力で風の防御壁を張り巡らせる。


「やらせません！　今こそ私が、がんばリリエルです！」

　リリエルの起こした風がおもちゃの矢を吹き飛ばしていく。
　だが、いかんせん数が多い。小さなおもちゃの城壁には想像以上の兵隊が隠れていた。
（……こ、これは予想以上の数っ。ちょ、ちょっとだけテンパリリエル！？）
　思わぬ数の矢にテンパるリリエル。とりわけ厄介なのが鉄砲だ。矢と違い、鉄砲は風の力だけでは防ぎきれない。
　だが、そんな彼女のすぐ後ろで、二人の冒険者の靴音が鳴る――。