特異点Ｎ？　渾沌祖霊島寝子島｜リアクション

特異点Ｎ？　渾沌祖霊島寝子島

◆第九節神樹ユグドラシル

「外で戦いの音が……」
「追いついたみたいだな」
　城の廊下を、修と美咲紀が進んでいた。美咲紀は沈黙に耐えられないのか、進むごとにぽつりぽつりと、修に話しかける。
「皆さん、無事でしょうか？」
「わからない」
　修はこう言うが、美咲紀の表情を見て言葉を付け足した。
「だけど、俺は信じてるよ」
　それに、美咲紀の表情がぱっと明るくなる。美咲紀はうんうんと頷いて、彼に同意する。
「シュー君がそう言うなら、きっと大丈夫です」
　そうしたやり取りを交わしていると、地震か、大砲か、大きく揺れた。修は美咲紀を支えながら、銃を構える。
「美咲紀、気をつけろ」
　揺れが収まると、また二人は廊下を歩く……並ぶ扉の一つ、それを開けた美咲紀と修は、その部屋にあるものに言葉を失った。
「あれは……」
　その部屋、天井の抜けて陽光の差すその中には、巨木が根を張っていた。その頂上部を見上げれば、竜のような顔が見える。鬣の如き葉を揺らし、それは二人に語り掛ける。
「来たか。待ちくたびれたぞ、人間よ」
　巨木の中に見える顔に、どこか知り合いの面影を見て美咲紀は思わず呟いた。
「新田樹ちゃん……？」
「いや、あれは違う！」
「妾は数千年もの時を生きる精霊の王」
　美咲紀の言葉を否定するかのように、巨木は名乗る。
「大地を汚し、省みもせぬ人間には愛想が尽きた。戯れにあのおなごに賭けてみもしたが……所詮人は人のようじゃの」
　そう巨木が唸れば唸るほど、彼女の足元に人型の木が生まれ、うねうねと蠢いた。
「人間よ。これ以上の勝手は許さぬ！　己らの罪、命をもって償うのじゃ！」
　ぴしりと樹の皮が剥がれる音が響く。修はその手で美咲紀を庇った。
「美咲紀、下がっていろ」
「はい……」
　そして修は、銃口を人型の木に向け、頭部を撃つ。それに巨木は笑う。その度に木がまた地から生えて修に襲い掛かった。
「たった一人で妾に歯向かうと！　面白い、面白いぞ！」
「シュー君……」
「美咲紀、混沌に組した者の言葉に耳を傾ける必要はない」
　修は言うが、何より美咲紀が見ていられなかった。影で美咲紀は、強く祈る。
「シュー君、私の全てを託すです！」
　すると、修の周りを柔らかな光が包み込む。
「無駄な足掻きよ！」
　巨木はその口から光線を放ち、美咲紀を狙うが――
「信じる心の力は絶大なのです。何物にも勝るのです！」
　修に抱えられ、それを避けた。美咲紀を下ろした修は、持てる全ての銃を浮かび上がらせ、それを束ねる。
「宝具解放――」
「何をする……！？」
「ワールドエンド……！！！」
「やらせぬ！」
　巨木が口を開いた。
「そこだ！」
「なっ……」
　光線が放たれるその瞬間、巨砲の一撃が彼女を貫いた。
「シュー君……！」
　美咲紀の声は、巨木の断末魔にかき消される――。

「妾が人間なぞに、敗れるなど……！！」
　部屋に犇めいていた蔓が、端から枯れていく。精霊樹ユグドラシルの終焉を見届けた修は、その場に膝をついた。慌てて美咲紀が駆け寄る。

「私が無茶させたから……」
「いや、流石精霊の王……か。強いな……」
　その足元が、蛍のように煌めいて薄れていく。修は美咲紀の頭に手を伸ばしかけるが、それを引っ込めて微笑む。
「美咲紀、お前とならまた戦ってやっても良い」

　部屋には、美咲紀が一人残された。
「シュー君……忘れないのです！」