春宵の候、三寮お泊り交流会｜リアクション

春宵の候、三寮お泊り交流会

●プロローグ

　４月のおわり。
　風の香もさわやかな、週末の朝がやってきた。

「うにょにゃ！」
　ファンシーなパステル調でまとめられた星ヶ丘寮の一室で、天馬ひびきは飛び起きた。
　気づけば、お気に入りのペガサスのぬいぐるみ『はやぶさ』が早く起きてとばかりに顔の上に乗っている。
「はわわー寝過ごしちゃった！　今日はお客様が来るんだったー！」
　はやぶさをベッドサイドに座らせると、大慌てでレモン色のワンピースに着替え、鏡の前で癖のある白灰色の髪を梳かす。あたまのてっぺんの二本のアホ毛が、ひびきの気分を示すように元気よく立ったのを確認すると、そうだそうだ、とはやぶさを抱きあげる。
「はやぶさ、起こしてくれてありがと！」
　ちゅ。
　キスして鞄にイン。
　メイドさんが用意してくれたトーストをくわえ、「遅刻遅刻ー！」と部屋を飛び出してゆく。
　広がるは――海に面した白亜の街並み。この街すべてが星ヶ丘寮なのだ！

◇

　ところ変わってシーサイドタウンにある桜花寮。
　川を挟んで男子寮と女子寮に分かれているこの寮では、経費節減のため女子寮の食堂のみ使われている。食堂の奥の厨房では今、エプロンと三角巾をつけた上下左右と葉利沢倫理子が、寮母の座間トシコさんといっしょにお菓子作りの準備中だ。
「小麦粉は振ってちょうだい。大きいボウルはそちらの戸棚の中よ～」
　御年73歳になるトシコさんは、髪は白く腰も曲がっているものの、矍鑠としていてまだまだ元気。記憶力も確かなようで、年末、倫理子が実家に帰らず年越しそば作りを手伝ったときに零した言葉を覚えていたらしい。

　――「……子供の頃は、お菓子を作ってお友達に食べて貰ったりもしたけれど……」
　――「……色々あって、今はもう作らないの」

（トシコさん、『お菓子作り、得意なのよね？』って声を掛けてくれたわ）
　倫理子が見つめると、トシコは視線に気づいて、ちいさくウィンクを返してきた。倫理子が今日のような騒々しい雰囲気が苦手だと気づいていて、あえて裏方になる厨房へと誘ってくれたのかもしれない。
（以前──あの忌まわしい夜がなく、あの時のままでいられたら……きっと自分も楽しめたかもしれない）
　あれはもう、三年近く前になるだろうか。倫理子の心身を襲った理不尽な出来事が、倫理子の日常を壊してしまった。けれどこうしてトシコの隣に立ってみると、身体が手順を覚えていることに気づく。かつての穏やかな日々はたしかにあったのだ。
「葉利沢先輩、手が止まってますわ。どうかしまして？」
　脚が悪いため椅子に座ったままの左右が、怪訝そうな顔で見上げてくる。
　倫理子はゆっくりと首を振った。
「……何でもないわ」
　計量して。粉を奮って。
「卵は？　２個でいいですの？」
「３個よ」
　それからココアパウダーにチョコチップも用意して。
　そこに野々ののこが、ひょっこり顔を出した。
「何作ってるのー？」
「夜に備えて、お菓子を作ってるんですのよ！」
　左右がにこやかに答える。
「お菓子！　いいなー！　でも今日は星ヶ丘寮に行くつもりだし……」
　ののこは、空色のフレアスカートに袖がふわりとした春っぽい白シャツという、よそいきファッションだ。ゴージャスな星ヶ丘寮にお邪魔するので、精一杯オシャレしたのだろう。
「そーだ！　私の分、残しといて！」
「ふふっ、ののの先輩、星ヶ丘寮はとっても広いですわよ～。スイーツもリッチでおなかぱんぱんですわ！」
「でもでも、さゆちゃんや倫理子ちゃんの手作りも気になるんだもん～。よろしくね！」

◇

　そのころ寝子高裏手、九夜山麓の猫鳴館では。
「ぱ、ぱ、ぱんだー♪　ぱんぱんだー♪」
　自治会長の橘明里が自室をパンダグッズで飾り付けている。
「ぼろっちい猫館でも可愛くすることはできるのなのよ！」

「お泊り交流会……なるほど～、では私もおもてなしするのですよ～」
　小刀祢切奈は相棒のベンガルヤマネコの『村雨』を肩に乗せ、あごを撫でる。
「さあ～早速狩りに行くのですよ～村雨」
「なぁーご！」
　切奈と村雨は、猫鳴館の背後に聳える九夜山の藪の中へ、意気揚々と姿を消した。

　伊賀解理は猫鳴館のぼろっちい外観を見上げながら、腰に手を当て仁王立ちをしている。
「今日は串田氏が来るらしいじゃあないか。ここは友達として是非歓迎しよう、盛大になぁ！」

　猫鳴館だけ雲行きが怪しくなってきたが……お楽しみの『お泊り交流会』、はじまりはじまり。

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春宵の候、三寮お泊り交流会

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