pain　夢の中で｜リアクション

pain　夢の中で

　全てが、白だった。

　境目なんか分からない、窓一つ無い部屋。やはり白い光は頭上から冷たく降り注ぎ、自分の影すら散らしてしまう。そう、余分な物など……影すらもお前には持つ権利はないとでも言うように。
　お仕着せの白い服しか小さな俺達に与えられた物はなかった。何の感情も浮かばない目をした研究員達に、生活はきっちり管理されていた。座学、戦闘訓練、実験をローテーション。訓練を頑張れば、結果を残せば俺達はご褒美の甘い物が貰えた。
　施設（いえ）には被検体である俺やちび共、そして研究員の奴ら。そういえばあの無機物のような研究員共が唯一感情を見せる時があった。管理されたタイムスケジュールの外の時間、時々俺達を呼びつける時だ。その時だけは俺達は実験体ではなく彼らの欲を満たす生き物だ。あの時だけは彼らは無機物ではなく人だったが、家族なんかではけしてなかった。
　施設に響く元気な声。俺に向けられた無防備な小さく可愛らしい手。家族と言えるのは、施設で一緒に育ったちび共だけだった。

　懐かしい。俺はその小さな手を包み込むように握り、目を閉じる。そしてゆっくり目を開けると……辺り一面火の海だった。

　実験中のシステムの暴走。爆発は大規模な火災を引き起こしたが、勿論研究員は俺達なんか置いて我先に逃げ出し帰ってこなかった。
　泣き叫ぶちび共。炎の回りは早く、そこを避ければ暗闇と煙が俺の行く手を塞いだ。俺はそれでもちび共の声を頼りに施設内を駆けずり回った。弱くなって聞こえなくなっていく声に大声で大丈夫だと叫びながら。
　結局、半分も助けられなかった。俺は熱い、苦しい、と声にもならない掠れた息で呟くちび共の手をそっと握り……眠らせてやった。
　そしてあいつらが煙となり、天に還っていくのを最後まで見届けた。遺体になってまで実験されるのはたくさんだ。
　煙が立ち上らなくなって。俺は残ったちび共を連れて歩き出した。

　施設で何もかも奪われて生きてきた俺達に、何が出来たというのだろう。外の世界で俺達は、弱かった。
　１人、また１人とあっけなく死んでいった。少しでも生きていける土地を求めさ迷う日々。自身の死を本能的に感じるんだろう、怖いよとちびが泣く。
　ひとりは怖い
　夜が怖い
と。
　その痩せ細った体を抱きしめながら、ジワリと胸に痛みが広がる。それでも最期に余計な不安を持ち込まない様に何時も通りを装って優しく頭を撫でてやった。
　大丈夫だ、側にいてやる
　たき火の明りが見えるだろ？
　あの明りは俺が寝ない限り消えない
　俺はお前が寝るまで寝ない
　だからお前が起きてる間はずっと明るい筈だ
　ほら、怖くないだろ？

　俺は一晩中たき火を見つめていた。安心して寄り添うその小さな体が、俺の腕の中で徐々にその温度を失っていっても。
　―――そうだ、この時だったな。俺が夜をも照らす太陽（ソル）になりたいと思ったのは。

　ここでほしびとティクス・ソルは目が覚めた。
　軋む胸をティクスは震えそうになる手で掴んだ。
「……ああ、忘れねえよ」
　そう小さく呟く。あのたき火も。俺の体温すらも受け取らなくなった小さな命も。何百年経ったってあの出来事は変わらないんだ―――夢ですら。
　項垂れそうになる頭にティクスは手をやり、深く息を吐く。そしてゆっくりと頭を起こした。
　こんな夜は。誰かの寝床に忍び込むに限る。

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