「脱ぐ人、みんな捕まえたかな？」
　パトリシアの言葉に、凜太郎は厳しい表情で首を振る。
「まだだ……。校庭に、最大級のターゲットがいるらしい」

　少し前。
「何だか無性に脱いで脱がせたくなってくるわね……いいわ、この衝動にしたがって暴れるわよ」
　尾鎌 蛇那伊は、「可愛いもの」「綺麗なもの」を愛し愛でる世話好きな少年である。
　187cm99kg、ゴツい筋肉で鎧要らずの彼は共に敵に立ち向かうときにはこの上なく頼りになるが。
「ウガー！」
　今は理性を蒸発させて暴れ出している。咆哮する様はまさに猛獣であった。
　バーサーカーモードに入った蛇那伊は制服をキャスト・オフ！
　海パン一丁で、中国拳法で鍛え抜かれた筋肉を披露する。
　一点を見ずに全体を見る視覚をはじめ、五感は研ぎ澄ませて周囲を完全に把握。
　あらゆる人の着衣を引き裂き、脱がし、引っぺがす！
「あ、あの拳法は……噂に聞いた『色業拳』？」
　新田亮は安全な場所から呆然とその様子を見ていた。
『色業拳』は脱衣に長けた裏拳法で、ツボを突いたり揉んだりして相手を気持ちよ～くする技も多数あるらしい。
　だがその技は今脱衣にのみ特化しているようだった。
　脱衣系狂戦士と化した蛇那伊は寝子高生たちを蹂躙していく！
　まさに阿鼻叫喚の有様だった。
（理性はなくなっても身に染み込んだ技や習性は無くならないのか……どうすればいいんだ？）　

「ひるむな！　らっ倫……いや、寝子高の風紀を守るんだ！」
　雨あられと、風紀委員の放つ色とりどりのチョークが蛇那伊を襲う。
　だが蛇那伊は本能でカウンターを食らわした。
　飛んで来るチョークを見切り、手刀や脚技で捌くのは序の口。
　次には、飛んで来るチョークを見切り、手で握り砕き、歯で噛み砕く。
　砕けたチョークの粉が、汗のにじむ蛇那伊の身体を彩った。
　更には、飛んで来るチョークを見切り、優しく掴む。
　そしてそのままチョーク投げ返しを発動する！
「うわあっ！」
「ぐわっ！」
　まさか自分たちがチョークを受けることになろうとは想像していなかった風紀委員たちが、次々と倒れていく。
　風紀委員補正はないはずだが、蛇那伊の迫力と正確な投擲は取り締まりに体力を使った風紀委員たちの気力を折るのには十分すぎた。
「ウガー！」
　雄叫びを上げる蛇那伊。
　投げ返されたチョークを拾う気概がある者は、もういない。
「くそっ……」
　拳を握り締める凜太郎。
　そこへゆっくりと、金髪の教師が現れた。
「先生！　すみません……」
　風紀委員たちが口々に力不足を詫びる。
　ウォルター先生はにっこりと笑った。
「君たちはよくやったよ」
（ウォルター先生と言えど、尾鎌を止めるのは無理じゃないのか？）
（血でチョークを洗う戦いになるんじゃあ？）
　生徒たちが囁きあう。
　その時、衿花が口を開いた。
「あの、1人1人じゃ敵わなくても……みんなで力を合わせれば止める手もあるんじゃないでしょうか？」　
　その言葉に、風紀委員たちは再び立ち上がった。
　皆が集まり、作戦会議が行われる。
「いいだろう、やってみよう」
　ウォルター先生は楽しそうに言った。

　しばらく後。
　ウォルター先生は蛇那伊に向かってクールに呼びかけた。　
「尾鎌、勝負をつけようじゃないか。僕を脱がせられるかい？」
「ウガー！」　
　狂戦士蛇那伊の目がギラリと光る。
「ここは人が多い。もう少し開けたところに行こうじゃないか。さあ、こっちだ！」
　蛇那伊はゆっくりと歩きだす。
　しばらく歩き、校庭の端に差し掛かったころ。
「行け！」
　凜太郎の合図で、衿花が、パトリシアが、左右から現れた風紀委員たちが一斉に蛇那伊にチョークを投げつけた！
　蛇那伊は気を溜め、一気にそれを開放してチョークを弾き飛ばす！
　その一瞬の隙をついて、ウォルター先生は矢のように魔弾を放った！
　そして自身は後ろへ跳躍する。
　チョークを受けたまま蛇那伊が一歩前に足を踏み出したとき、地面が崩れた。
　ドドドド……
　砂場に掘られた落とし穴に、蛇那伊ははまっていた。
　生徒たちからどよめきが沸き起こる。
　蛇那伊はそのまま動かなかった。
　黄金色のチョークが蛇那伊の額からぽろりと落ちた。


　始まりと同じように唐突に、コメディエアーの影響は消えていった。
「あれ……あたし、どうしたんだろ？　やだ、なんで縛られてるの？！」
　風紀委員に拘束されていた碧南が我に返る。
　そしてぼんやりと……脱いだり脱がしたりの記憶が蘇る。
「うそ……夢よね？！」
　顔から火が出そうな碧南。
「うう……リセットしたい！」
「夢と思うなら思えばいい。どうせその場にいた者で自分を保てていた者はわずかだ」
　その声を聞きつけた月詠がつぶやいた。
「風紀委員に顔を覚えられたかもしれないが、神魂のなせる技、後で問題にされるようなこともあるまいさ。さて、たくさん描けた」
　月詠は満足そうに筆を置いた。
　スケッチブックには夏朝や碧南を始め、近くで脱いだり脱がしたりしていた生徒たちの姿が少女漫画風に描かれていた。


「収束したみたいだな。ほんとよかった……」
　胸を撫で下ろした武道は、そのまま手を動かした。
（ヌギッ）
「いや、ちゃんと自分の意思で脱いでおこうかって、テヘ」
　やっぱり自分の意志で脱げるのは気持ちいい。
　そんな武道に周囲の目は。
「志波先輩かー、普段と変わらないな」
「……あ、やっぱり？」
　だが、近くにいた衿花が真面目にチョークを投げる。
「脱がないでください！」
「てへ☆　ごめんごめん」
　飛んできたチョークは、あまり痛くなかった。