誰でもない誰かへの変身｜リアクション

誰でもない誰かへの変身

　旧市街を散歩中、恵御納夏朝は見知らぬ男に声を掛けられた。
「……誰？」
　薄すぎる影、異様な様相……夏朝の身体に、ぴりりと緊張が走る。
（まさか、寝子島に何かを……？）
　夏朝の眼差しに乗る険しい色を見て取って、男は敵意がないことを示すように小さく両手を上げた。
　そうして、その素姓と目的が語られれば、夏朝の肩からふっと力が抜ける。
「そうなんだ……ごめんね、疑っちゃって」
　お詫びになるかわからないけど、と、夏朝は男の目を真っ直ぐに見た。
「……僕もその願い、叶えるよ」
　１日限りの命、というものを切なくは感じる夏朝だ。
　けれど――なればこそその願いを叶えたいと、夏朝は自分が《誰》になりたいかを考える。
「特定の誰かでなければいいなら……猫さんにも、なれるの？」
「うむ。無論だ」
「なら……ふわふわもこもこな雉白猫さんに……！」
　確かに聞き届けたと、男はふわりと笑った。
　と、次の瞬間には、夏朝は希望通りの、ふわふわもこもこなキジ白猫に！
（わあ……！）
　男に猫の目で「行ってくるね」と告げて、夏朝猫は跳ねるように街へと繰り出した。
　ひょいと塀の上にとび上がるのにも問題なく成功して、
（これが、猫さん達が見てる世界……！）
　と、夏朝猫の胸はわくわくと弾む。
　じきに、夏朝猫は屋根の上で丸くなっていたサバトラ猫から声を掛けられた。
『こんにちは、初めて見る顔ね』
　猫の言葉で、サバトラが夏朝猫に向かって言う。
『は、はじめまして！』
　人間にはにゃーにゃーと聞こえる声で、夏朝猫はサバトラにご挨拶。
　胸の奥を益々ふわふわとさせながら、夏朝猫はてくてくと塀の上を進んでいく。
　そして、夏朝猫はふと思い当たった。
（そうだ……何でも屋『いぬもり』も見に行ってみよう）
　件の店は旧市街に位置している。
　猫の足でも、そう苦労せずに辿り着けるはずだった。
（初ちゃんや一閃さん、今、どうしてるかな）
　と、夏朝猫は、犬杜初と犬杜一閃のことを思う。
（お店の事もあるし……お仕事、入ってるといいな）
　そんなことを思っているうちに、夏朝猫は何でも屋へと到着した。
　ぴょんと塀から飛び降り、地面へと華麗に着地。
　店の前を箒で掃いていた初が、「わ！　猫！」と瞳を煌めかせた。
「おいでおいで……あっ、ちょっと待って！」
　お兄ちゃん、猫のおやつ持ってきて！　と店内に向かって初が叫ぶ。そんな初へと、
　――にゃーん。
　と、夏朝猫は懐っこい鳴き声を零してみせた。
「かっ、可愛い……！」
　とことことこっと、夏朝猫は既にめろめろになっている初の足元へと歩み寄る。
（足元にすりすりにゃーん……は、さすがに恥ずかしいかな……）
　なんて考えていたところに、猫のおやつが入った袋を手に一閃が店から出てきた。
　――にゃーん。
　もう一度、鳴いてみる。
　初が夏朝猫の前にしゃがみ込んで、一閃もそれに倣った。
　差し出されたおやつを、ぱく、と口に運ぶ。
　今は猫になっている夏朝の口には、それはとても美味しく感じられた。
「わ、食べた食べた！」
「初めて見る猫だが、人懐っこいな」
　一閃の大きな手が、夏朝猫の頭をそっと撫でる。
　ごろごろと、喉が勝手に鳴った。
　初と一閃が、視線を合わせて笑っている。
　笑顔に囲まれ、手の温もりを感じながら。
　夏朝は、自分を束の間猫の姿に変じさせたあの男のことを思い浮かべた。
（彼の願いは、叶ったのかな……）
　最後の一時を、誰かと過ごせているといいなと思う。
　その時、「お兄ちゃんばっかりずるい！」と、初がこちらへと手を伸ばして、
（変身させてくれた彼の為にも……）
　引っ掻いたり噛み付いたりはしてしまわないように気を付けなくちゃと、夏朝猫は小さく笑った。

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あとがき

担当マスター：巴めろ
ファンレターはマスターページから！

お世話になっております、ゲームマスターの巴めろです。
まずは、ご参加くださった皆様、本当にありがとうございました！

何の為に、どんな姿になるのか。その姿で何をするのか。
まさに十人十色な変身模様をお預かりいたしまして、
色とりどりの時間を、とても楽しく描かせていただきました。
ＰＣ様方の願いを叶えることで自分の願いを叶えた、神魂が生んだ奇妙な男も、
きっと私と似た気持ちだったのではないかなと、そんなことも思ったり。

重ねてになりますが、ご参加くださった皆様に心からの感謝を。
この度も、本当にありがとうございました！

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誰でもない誰かへの変身

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