ナゾコイ・シンドローム｜リアクション

ナゾコイ・シンドローム

　Ｃａｓｅ７．城山水樹の場合

　城山水樹はファッション雑誌と有名コスメブランドの専属モデルとして多忙な日々を送るマタ大生だ。
　同じように大学に通いながら仕事をするモデル仲間の中には、仕事の忙しさや楽しさにかまけて、学業が疎かになり中退する子もいる一方で、仕事と学業を両立させる子もいる。水樹は今のところ後者のグループに入っていた。
　水樹は社会学部の３年生。今日は朝イチで、経済の授業に出席した。代返が利かず、出席数が足りないと容赦なく落とすと有名な先生なので、水樹も出席数に気を遣っている。
　講義が無事終わり、時間割を確認する。大学３年生ともなると、専門科目が増えてきて、すべてのコマが授業で埋まるということは少ない。授業は飛び飛びで受けることになる。
「次は昼食後ね」
　水樹は木陰のベンチに腰掛けると、そこでしばらく時間をつぶすことにした。
　鞄の中に教科書と同レベルの重要さで入っている、今週発売のファッション誌を広げる。
　自分が契約していない雑誌にもアンテナを張っておくのは、水樹にとって趣味と実益を兼ねた勉強である。
「あ、このポーズ、いいかも」
　自分に置き換えてイメージを膨らませながら雑誌を捲っていると、後輩で文学部二年生の佐野杏子が声をかけてきた。
「城山先輩！　学内でお会いするなんてびっくりしました。お仕事は？」
　杏子は水樹がモデルの仕事をしていることを知っている。そして水樹も、杏子のことや、彼女の幼馴染の彼のこと、互いに片思いだと思い込んでいる二人が実は両想いであることを知っていた。
「今日はお休み。１コマ目、鬼教授の授業だったから出ておかないと、と思ってね。次は午後イチだから時間をつぶしていたの」
「私も次は午後イチなんです」
「そうなの？　じゃあ、暇つぶし、付き合ってよ」
　水樹は少しわきにずれ、杏子のために場所を作った。
「次の授業、何？」
「あ、一般教養です。数学なのでちょっと苦手で……でも先生も文学部の子は数学苦手って分かってるのでそんなに怖くないですよ」
　そんな会話から始まり、最近オススメのコスメや、今年の初夏の流行りなどを話しているうち、水樹は妙な気持ちになってきた。
（なに、これ……杏子を見ていると、胸の内側から熱く、切ない想いがこみあげてきて苦しい……）
　このとき水樹は知らず、謎のウイルスに感染していたのである。
　杏子の手を取り、指先を撫でる。
「せ、先輩……？」
「杏子は指先が綺麗だから、爪の手入れをすればもっときれいになるわ」
　熱っぽく言いながら彼女の手を愛おしく包み込む。
（このままずっと、彼女の手を取っていたい）
　見つめると、杏子も火照った瞳で見つめ返してきた。
　その瞬間、水樹の胸が彼女への想いでちりちりと痛んだ。
　痛いぐらいに膨れ上がる彼女への想い。
　どうやったら伝えられるだろう。
「杏子……」
　水樹が出した答えは、言葉ではなく、いきなり彼女の唇を奪うことだった。
「せ……んぱい……？」
　憧れのモデルである先輩に唇を奪われ、杏子は茫然として、目を丸くする。
「ご、ごめん。今日は私、どうかしてるわね……」
　頭を振った水樹の視界に、杏子の幼馴染、嶺新太が歩いてくるのが映った。
「授業がはじまるから行くわ。あなたは彼と行くんでしょ？　仲良くね」
　戸惑い気味に新太と水樹を交互に見る杏子の肩をぽんと叩き、水樹は颯爽とその場をあとにした。

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