■それぞれの胸に残ったもの

「早坂先輩、お疲れ様でした。先輩と一緒に司会が出来たおかげで、すごく楽しかったです」
「こちらこそよ、圭花ちゃん。アドリブも息ぴったり☆　私たち中々良いコンビね」

　舞台の上、下をアイコンタクトやノリで代わるがわるこなしていた司会者二人。
　桃川 圭花と早坂 恩が、祭りの後のどこか物寂しさと達成感を分かち合うようにして、締めのハイタッチでお互いを労い合った。
　そこににょきっ、パチンッと別の手も伸びてきて一緒にハイタッチ。

「あら武道ちゃん。お役目本当にお疲れ様」
「志波先輩、お疲れ様です」
「いやいや俺なんてただ楽しんじゃってただけだよん。二人の勇姿、格好良かったぜぃ！」

　にこにこ笑顔で加わった志波 武道を、同じように笑顔で出迎える。
　圭花がお辞儀後マイクの片付けへ向かったのを見つめてから

「素敵な新歓祭になったわね。準備期間からずっと、フォローして回ってた武道ちゃんの努力の賜物ね」
「ほんと、そんなことないんだって。皆がそれぞれ、役目頑張ってくれてたからじゃん」

　でもまぁ……、と一度言葉を区切って武道は舞台を仰ぎ見た。

「俺は俺らしく、会長としてやれてたなら……うん、良かったなって」
「胸張ってちょうだいな。この調子で、これからのイベントも楽しんでいきましょ」

　パン！　と背中叩かれれば、『あいたっ。恩くん手加減して！』なんてどこか照れ隠しに大袈裟に痛がって見せる武道であった。　

　◇　◇　◇

「うはぁ、ライブも舞台もダンスもクオリティ高かったな～」

　律儀に正座を守ったままだった風見鶏 スグリ、『いいもん見れた～満喫～♪』と伸びをし立ち上がろうとした。
　が、足に力込めようとした瞬間『ぐぁ！！』と一声上げて、べっしゃりと伏す。
　ぴりぴりびりびり。
　すっかり痺れた両足が戻るまで、講堂の隅っこへ邪魔にならないようほふく前進する姿があったとか。

　◇　◇　◇

　予想以上に好評だったわねー♪　とほくほくした足取りの空乃 アリアを、遠い目で華城 尊が見つめている。
　――　何故だ……何故あのアンケートで好評になったんだ……。
　究極にマズイ、と聞かされると一度きりなら食べてみたい、と思うのがハラハラどきどき楽しい博打心理なのかもしれない。
　集まったアンケート片手に、さぁ！　これから反省会と集計するわよーっ、尊の家で！　と叫ぶアリアに『は！？』と目を見開く尊。
　帰路中、必死に別の場所を説得する尊が居たとか。
　それでアリアが従ったかはさておいて。
　アンケート結果、翌日心底不思議顔をして登校していた尊の姿からお察しである。

　◇　◇　◇

「はーっはっはっは！　なんてビューティフルでファンタスティックだったのだろう！」

　案内係りの役目を華麗にこなしていた花椿 涼太郎。
　始まってしまえばほとんど無くなった仕事に、途中から観客席へとお邪魔して。
　初の新歓祭、『なるほどこれがパフォーマンス！！』と終始感激していた。

「全部素敵だったけれどっ、あれだね、生徒会長のピカピカスポットに生まれたままの姿は、何とも輝いていたね！」

　正確には海パン着用していたが、涼太郎の芸術的まなこには『やはり生まれたままの姿が美しいのだ！』と学び捉えられていた。
　こうしちゃいられない。
　鷹取先輩からも、究極に美しいポーズとはをレクチャーしてもらったことだし、これで現代のビーナスたる自分がそのポーズを生まれたままの姿で行えば、最高のブロマイドが出来上がる！
　来年は、更に一皮剥けた芸術として舞台に立つのも悪くないかな？　と、帰り道意気揚々とスキップする涼太郎の姿があったとか。
　最高のブロマイド、さて、家人が止めるか印刷屋さんが良い仕事をしてくれるか、出来上がりは本人のみぞ知る。

　◇　◇　◇

　夢から覚めたように、片づけを終えたメンバーが準備に使用していた空き教室に何となく集まって。
　花厳 望春が嬉しそうに口を開く。

「皆お疲れ様。良かったら食べて？」
「やたー！　実はちょっと期待しとった！」

　綺麗に箱の中に並べられているどら焼きへ、服部 剛が一番に手を伸ばした。
　望春の手作りだと聞けば、新入生たちからは驚きの声が上がったり。
　次々とどら焼きを頬張りながら、やり切った笑顔たちがお疲れ様を連呼し合って談笑する。

「征一郎」

　演技の名残りか、篠崎 響也はいつもは『神嶋』と呼んでいる相手に、初めて名前で呼びかける。
　ギロリ……。深海色の視線が鋭く刺さるも、それ以上不平の感情を伝えてはこない神嶋 征一郎に、響也は微笑んだまま続けた。

「今日は凄かった」
「当然だろ」

　紙コップの中のお茶を流し込みながら、視線合わせることなく征一郎は告げる。
　その変わらぬ横顔。舞台上でも決して揺らぐことのない空気を、響也は見つめてから。

「負けないけど」

　そう一言。
　真っ直ぐ紡がれた言葉を、今度は視線動かし征一郎は正面から受け止めた。
　ふ、と息だけで笑ったのが響也の耳に届く。
　『やってみろ』『１００年早ぇ』、どっちだろうと思案しながらも、きっといつ挑んだとて手加減なく受けて立ってくれるのだろうなと、響也も微笑浮かべてはお茶を取りに行った。

　各々の姿を微笑ましそうに見つめる弥逢 遊琳の横へ、どら焼き咥えながらシグレ・ナイトウォーカーがやって来て。

「楽しめたか？」
「勿論。僕、楽しんでいないように見えたかい？」
「いいや？　ただ少々、献身的過ぎるように見えただけだ」
「………シグレたちの役に立ちたい、ただそう思っただけだよ」
「そうか。ならいい」

　すぐに他のメンバーを労いに行くその背中を見つめる遊琳。
　――　自由に出来るのも、残り僅かだと思うと少しはしゃいだ部分はあったかもしれないけれど、ね。
　ふと視線を感じれば、前髪の奥の視線、霧谷 朧と目が合った気がした。
　一瞬、憂い顔のようなものを見たのは気のせいだろうか、と朧はぼんやりと思う。
　未だに自分がこの中にいるのが不思議な気分もあり。
　――　以前ならすかさず忘れ草を選んだろうに、真逆の勿忘草の妖を演じたなんて、ちょっと笑える。
　どこか自らを皮肉るような笑みを浮かべた朧へ、遊琳がいつの間にか近寄っていた。

「朧とも、一緒に演れて楽しかったよ」
「……そうさね。俺も」

　ただ一言、短く口にして頷くに留められた言葉はちゃんと遊琳に伝わったようだ。
　今思えば、彼が参加していたことも大きかったのかもしれない。
　自分のためでなく人の為に動く、そんな遊琳が信じる人間が集う出し物なら、信じられる何かがあったから。
　そう考えだした自分に気付き、朧はまた笑みを浮かべた。今度はほんの少しだけ、温かい気持ちを纏って。

　◇　◇　◇

　――　はぁぁぁ……エライ目にあった……。
　度胸はある方だと思っていたが、さすがに何の心構えもするヒマ無く大舞台に登らされれば、玖珂 新も疲弊の色を浮かべていた。
　――　俺にゃ真似できねえ……と思ってたが……。
　なんだろうか。この、舞台を降りた後に感じた安堵以外の達成感のようなものは。

「よーっす玖珂。今帰り？　何なら一緒に帰ろうぜー」
「はぁ！？　あっ、てめぇら……！」
「えっと、その、無理矢理今日は引っ張っちゃって、ごめんね？」

　丁度姿浮かんでいた元凶たる、高杉 かようと響 蒼留人が声をかけてくればつい条件反射でガンを飛ばすも。
　蒼留人からの素直な謝罪に『いや……まぁ、別に、いい』と、急にもごもごする新。
　ホッと表情緩める蒼留人、至って気になどしていないかようが、今日の事を色々会話するのを聞きながら。

「そういや、いいのかお前ら。ああいうの出たなら、打ち上げとかするもんじゃねーの？」
「まーな。誘われたッちゃ誘われたんだけどよ。響が……」
「ムリ。もう今日ムリ。また不意打ちで何かされたらと思ったら、あの女子二人と会話すんの怖くて無理！」
「――　って、言うもんだからさ。でもま、俺は誘ってもらって楽しかったぜー。絶対普段できない事いっぱいやった感じ」
「それは、俺もそう思わなくもない、けど……あ、明日、ちゃんと感謝伝える」

　おおらかっつーか、大物なんかな。
　観客として見ていて、どちらかというと蒼留人の気持ちの方が分からなくも無かった新、かようの性格をほんのり理解した気がした。
　なんだかんだとやり切ったというふうに、スッキリした顔をしている２人を斜め後ろから眺める新。
　……あんな引っ張られて流されるままでは無く。自らの意思で出たならばまた何か違ったものを得たのだろうか。

「俺もなんか極めてみっかな」

　ぼそりと呟く。
　クラスメート二人が振り返れば、笑顔を浮かべていた。
　まだ何も思いつかないが、とぼそぼそ続けながらもいつの間にか３人は肩を並べて歩いている。
　来年にゃなんか得意なモン出来てっかな、とどこか晴れ晴れした気分の新であった。

　◇　◇　◇

　裏方として全ての仕事が終わるまで、飲食ブースに全く目も暮れず黙々と仕事をこなしていた優木 遥斗。
　手の中の包み紙、お饅頭たちを一瞥した。
　すっかり元通りになった講堂から出る際に、巫部 紫苑から『スタッフさんの分がたくさん余っちゃったので良かったら』と差し出されれば、断る理由も無く一礼して受け取っていた。
　――　……疲労には甘い物、と聞くし……。
　この時間では、まだ出勤には早いだろうか……。
　いつぞや出会った時間は何時頃だっただろう。差し入れとして手渡すのは迷惑だろうか。
　ふとそんなふうに考え出していた自分に気付き、はたと苦笑いする。
　どうにも、何かに集中していないと想い馳せる事が多くなった気がして。
　真っ直ぐ帰ろう。学生の本分を見失わない様に。
　姿思い浮かべていた彼女の表情も、そんな遥斗に微笑んだ気がした。

　◇　◇　◇

「いいもの見せてもらった」
「何もでないわよ」
「いや、そういう問題じゃなくてだな」
「なら疲れてるんじゃないの？」

　純粋に褒めてるはずの北里 雅樹。
　日頃の行いのせいか、椎井 莉鳥は正面からはその言葉を受け取ってくれなそうである。
　しかし逸らされた横顔をそっと覗き込むと、いつもより穏やかな表情を浮かべているのは、
　きっと傾いてきた夕陽の光のせいだけでは無さそうだ、と雅樹は感じたのだった。

　◇　◇　◇

「新入生の皆の、笑顔いっぱい見れて嬉しいですね」
「綾辻さんを始め、スタッフさんたちの頑張りもあってこそだよ」
「珪先生、急なお願いしてすみませんでした」
「うん？　パフォーマンス見たこと？
　むしろ綾辻さん、本当に少ししか休憩になってなかった気がして僕が申し訳ない感じだけれど……」
「そんなことないです。パンフレット作りから今日まで、充実した時間を過ごせました」

　来年もパンフレットづくりしそうな予感？　なんて綾辻 綾花がおどけて見せれば、『それはとても頼もしそうだね』なんて明るい笑い声と共に早川 珪の口から漏らされるのだった。


　◆　◆　◆　◆　◆


　新入生歓迎大祭、略して……　新　歓　祭　！
　新たな寝子高生たちを迎えて、この後も多くの行事に花を咲かせることだろう。
　ともあれ、おめでとう！　いらっしゃい！　新☆寝子高生たち！