新年度のはじまりはじまり。体育科編｜リアクション

新年度のはじまりはじまり。体育科編

◆ボウリング大会

　昭和の雰囲気漂うボウリング場には、元気いっぱいな体育科の生徒たちで大いに賑わっていた。
　そんな中にあって、ひとり淡々とボールを投げる男子生徒がいた。
　３年９組のヨハンである。
「……」
　腕前はそのものは結構なお手前で、スナイパーのように狙いすましたコントロールから、ずばっとピンを射抜いていく。
　スプリットもお手の物。これしかないというような角度でピンを跳ね上げ、華麗にスペアを決めて、着実にスコアを伸ばしていった。
「イェーイ！　いいぞ、いいぞ、ヨ・ハ・ン☆」
　それを見た武道が、クラスメイトたちと大はしゃぎしていた。勝負事には負けたくないと思っている武道だが、あくまでも『楽しむ』ことを何より優先している。
　対するヨハンは、無言のままベンチに戻っていった。そんなヨハンに、武道が話しかける。
「へーい、ヨハン君！　調子よさそうジャン！」
「……」
「せっかくだし、次はストライク狙ってみたらいーんじゃね？」
　武道のアドバイスに、ヨハンは微かに頷いてみせた。

　そしてまた回ってきた、ヨハンの番。
　先ほどは無難にスペアを狙って成功させていたが、その後で武道から受けたアドバイスを思い出し、ちょっとだけ大胆に投げてみることにする。
　ゆったりとした仕草で助走をつけると、いつもより力を込めて腕を振り抜いた。
　ビュンッ。
　という、軽快な風切り音に乗せてボールを投擲するヨハン。加速していくボールが、先頭のピンにぶつかると、そのまま他の９本もなぎ倒していった。
「イェェェェェイ！　スットライクだぜぇぇぇぇぇ！」
　まるで自分のことのように喜ぶ武道が、仲間たちとハイタッチしている。
　クラスメイトたちが興奮する中を、ヨハンは黙々と素通りしていき、まゆ先生の前まで歩み寄った。ごほうびのケーキをもらいにきたのだが――。
「……」
　あいにくケーキが口にあわないヨハンは、近くにいた神里エレナに『あーん』の権利を譲った。
「えっ、いいんですか？」
「……」
　ヨハンが無言で肯定するのを確認してから、エレナは手作りケーキをぱくっと食べた。
「おいしーっ！　どうもありがとーございます！」
　エレナは、ヨハンとまゆ先生に、それぞれお礼を言った。
　ケーキの味を褒められて、まゆ先生もまんざらではなさそうに微笑んでいた。

「なああにいいいいい！？」
　ヨハンがとった行動を、まるで怪奇現象のように見ていた竜司が雄叫びを上げた。
「もったいない！　もったいなさすぎるぜぇぇぇぇ！」
　まゆ先生からの『あーん』を放棄するなんて、竜司からすれば考えられないことである。
　出番が来たので、ボウリングの玉を手に取り、意気軒昂とアプローチに立った竜司。
　俺もまゆ先生にあ～んしてもらうぜ……。１０本のピンを見据えながら、竜司は深く息を吸い込んだ。
「まゆ先生！　愛してる！！」
　ボウリング場に響き渡るほどの声で、竜司が愛を告白すると、全力でボールを投げた。
　この時、彼はろっこん【性春パワー！】を発動させて、ちゃっかり筋肉強化していた。そのかいもあってか、竜司の放った玉は見事にストライク。
「しゃっああああ！」
　竜司はすぐさま身を翻し、まゆ先生のもとに駆けつけた。
　しかし。
　まゆ先生は、竜司を見るなり一言。
「冴木くんは自分で食べなさい」
「ど、どいひー！？」
「冗談よ」
　にっこり微笑んで、まゆ先生はケーキの乗ったフォークを差し出した。
「はい、あーん」
「うう……夢の光景だぜ」
　竜司はむせび泣きながら、まゆ先生のケーキを頬張った。
　甘く、自分の涙が混ざってちょっぴり塩辛い、まさに青春そのもののような味のケーキを、竜司はしばらく堪能していた。