激しい雨は突然に｜リアクション

激しい雨は突然に

椎井莉鳥は旧市街をなんとなく歩いていた。
今日は部活が休み。それに、学校に残る用事もない。
かといって家に帰るには半端な時間。
そこで旧市街へ少し寄り道しようと思い、学校を出て今に至る。

何か適当に時間を潰せないかと歩いていると、ふと水滴が落ちてきたのを感じた。
上を見上げるとパラパラといくつも水滴が落ちてきている。
それが雨だと気づいた次の瞬間、土砂降りに変わった。

莉鳥は思わず鞄を頭に掲げ、走り出す。
なんとか適当な軒下に潜り込むことはできたが、それでもかなり濡れてしまった。
ハンカチで濡れた顔や腕などを拭き、とりあえずの対処を行う。
しかし水を吸った制服はどうすることもできず、かなり寒く感じた。

莉鳥は空を見上げた。雨はまだ止みそうにない。

北里雅樹は学校帰りに旧市街へ寄り道していた。
しかし雅樹の居住地は猫鳴館。
寝子島高校の裏山付近に住んでいる彼が寄り道するには、いささか遠い。
それでもやって来たのは、参道商店街の食料品店で缶詰の安売りの話を聞いたから。

それを楽しみに目的の店を目指して歩く。
しかし、あと少しで到着というところで雨が降ってきた。
しかも土砂降りだ。
雅樹はあっという間に全身がずぶ濡れになってしまった。
これ以上濡れてたまるか、とばかりに目についた軒下に滑り込むように避難した。

そこは莉鳥がいる軒下だった。
彼女はやってきた人物の顔をちらっと見た。
彼も先客に気づき、顔をあげた。

そして、お互いに気づいた。
雅樹からすれば、幼馴染で元カノで腐れ縁の存在。
莉鳥からすれば、幼馴染にして元カレにして腐れ縁の友達。
偶然が重なって生まれた出会いだった。

「やあ、椎井」
「何してるの」
「なに、そんなにずぶ濡れになって」
「突然降ってきたのよ。ハンカチじゃ足りないわ」
「俺も。缶詰を買うはずだったんだが」

間近で会話をしているのに、うまく噛み合わない。
傍から見たらどうにも奇妙なやりとりに見えるだろう。
しかし２人にとって、この微妙なずれが程よい距離感であり、心地よかった。

莉鳥は、皮肉なことに恋人の時よりも身近にすら感じられるとも思った。

（そんな関係もあと１年で終わる）
（今日のこの瞬間も、きっと日常の中に埋もれてしまう）
（記憶には残らないかもしれないけど、自分のどこかに痕跡として残る、そんな出来事）

莉鳥は心の中でそう呟いた。
雅樹も何か感じることがあるのか、軒下から遠くを眺め思案している。

２人とも気づいている。
自分たちに残された時間はわずかなんだと。
恋人として再び結ばれることは永遠にないことを。

さらに雅樹は分かっていた。
自分が卒業して島の外の大学へいけば、それで幕引きになることも。

雨が上がった。
しかし２人とも体は冷え切っていて、雲間から覗く程度の太陽ではどうにもならない。
お互いに示し合わせたわけでもないが、体を温めるために近くにある杜の湯へ向かう。

偶然の出会いがどういう思い出になったかは、それぞれの胸の内にしまわれた。

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