そうだ模様替えをしよう　―春の青空―｜リアクション

そうだ模様替えをしよう　―春の青空―

　青山絢が寝子島へ来てからちょうど１年目になる。
　彼女が従姉と同居するようになり、部屋も少しばかり乱雑になってきた。
　乱雑。それはとっ散らかっているとか、必要のない物品で溢れかえっているという意味ではない。そもそもその状態は乱雑という言葉にも程遠いかもしれない。
　元々何もなかった空間。そこに、人の生活を置いただけだった。ドアを開け、閉め、寝ては、起きて。日々の繰り返しによって積もるように重ねてきた刻まれゆく日々の人が確かに存在する、生活している、という残滓。
　それが絢の目には″乱雑″に映って見える。
　だからだろうか、部屋を眺めまわして、少し手を入れてみようかな、と行動を起こす動機になった。
「どう手を付けようかな」
　思考が唇からこぼれる。いざ、そうしようと決心し部屋の中心に佇んでみたが、テーマが浮かんでこない。目標も方向性を決める指針も固まらない。
　動機だけに突き動かされる絢が掃除から開始したのは自然の流れだったのかもしれない。その掃除も汚れているわけではないのですぐに済んでしまったのだけど。
　ならば。
　と、家具の配置決めに思考を巡らすが、今のところこれと言って家具の置き場に不便は無く、動線的にここは動きにくいとか、家具自体が古く使い難いとか、そんなことはないわけで特に変更の必要性を感じない。
　軽いままのごみ袋を右から左に移動させながら、今度は壁などを見る。も、そこに目立つような汚れは存在していなかった。壁紙の色も質感も可もなく不可もなくで、絢の気持ち的には新たに手を加えなくてもこのままで問題ないだろうと思う。
「どう模様替えしたらいいか、わからなくなってきた……」
　心持ち部屋を想像の俯瞰で見やると、模様替えとかしなくてもいいようにさえ感じる。何故、と疑問すら湧いてくる。
　けれど、絢は作業を進めていた。
　まるで影のような実態の無い腕が、彼女の横で伸びては此処其処と指差して絢の気を引くかの様だ。
　注意散漫ではなく、視線の先を誘導されているような違和感に、しかし、それを拒否できず否定もできずただ黙々と絢はひとり密室の中″乱雑さ″の解消を行っていく。
　不必要なごみは既に分別済みとわかっているものの軽いままのごみ袋の体重を何とか押しの一手で増やす傍ら、不用品でもフリマ等で売れそうな物品を段ボール箱に仕分けしながら詰めていく。
　整理整頓を心がけ作業を進めると、静かな部屋は落ち着きを取り戻したのか、ゆっくりとだが確実に静謐（せいひつ）なものとなっていく。
　それも他人の目から見れば前と後では些細な差にもならないのだろう。
　部屋の模様替えなどと言っておきながら、本当にただ掃除をしてこうやって不用品の仕分けをして、何も手をつけずこのまま終わるようなものを模様替えなどと言って良いものなのだろうか……、
　と。
　絢の手が止まった。
　普段は手を付けない収納スペース。そこを空にする勢いで段ボール箱に中身をそっくり移していた絢の手が止まった。
　一度、二度、目を瞬く。僅かに開いた桜色の唇を閉じて、奥の方にあったそれを引っ張り出した。
　落書き帳ほどの大きさの一枚の絵が蛍光灯の光を浴びる。
　僅かに埃を被った一枚の絵。
　それは淡いパステルカラーで描かれた猫と女の子の絵だった。
　両手に持ち直して眺めることしばらくして、絢はすっくと立ち上がる。
　一旦ドア付近に立ち、部屋を一望してから一辺の壁へと向かった。絵の裏面を少し弄り、それを壁に貼った。
　掃除をするからと開けた窓から春風が吹き込む。
　初めと終わり。
　あたたかな色の一枚の絵。
　それは、シンプルな部屋に幾許かの彩りを添えただろうか。
　昨日と代わり映えのしない部屋にただ一点、加えられた春色。
　乱雑さの消えた場所で、これから毎日、彼女を見送り、彼女を出迎える色彩がそこに在った。

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