訳アリ物件、求婚幽霊つき｜リアクション

訳アリ物件、求婚幽霊つき

「……はい」
　名前を呼ばれた、女幽霊こと志摩子は、心の底を優しく撫でられたような表情で、小さくうなずいた。
　誰であれ自分の名を呼んでもらうというのは、けっこう嬉しいものなのだ。
　その時である。

　ピンポーン。

　急に、玄関のチャイムが鳴った。部屋にいるメンバーに緊張が走る。
　なにごとかと思って玄関のほうを見てみれば、そこにはひとりのおじさんが立っていた。
「カツ丼、持ってきましたよ」
「あ。俺が出前を頼んでおいたんだ」
　修は今回の宿泊体験にそなえて、カツ丼を注文していたのである。とりあえず１０杯たのんでいたのだが、ちょうど人数分になるあたり、なかなか察しが良い。
　カツ丼を受け取る修は、見るからにワクワクしていた。けっして高価な食べ物というわけではないのだが、いつもはご飯をシェフが作っているため、カツ丼はレア体験なのである。
「まいど！」
　と愛想よく言って、カツ丼屋のおじさんは帰って行った。ちなみに彼は見た感じ５０を越えており、女の霊には気づかなかったらしい。玄関がまるごと壊れていたので、何事だろうとは思っただろうが……。
　カツ丼を両手に抱え、スキップしながら戻ってくる修。そんな彼を見て、志摩子はくすくすと微笑んで言った。
「ずいぶんうれしそうね」
「そうかな」
　照れながら、修はメンバーにカツ丼を配っていった。そして、自分の分を床に置くと、箸をつけるよりも先に、天井を見上げた。
　腹ごしらえよりも、まずは志摩子の話を聞くことにしたのだ。
　別れた男への愛――。
　恋敵への恨み――。
　ひとりぼっちの寂しさ――。
　現世への未練を、修はあますところなく聞き出した。
　その上で、ひとつ提案をする。
「冥婚、って風習もあるくらいだからさ。……ここで式をあげようか。真似事になるけれど」
　そう言って修は、カツ丼を志摩子の前に差し出す。
「ウエディングケーキほど、ロマンティックじゃないけどさ。こいつで、“はじめての共同作業”ってやつをしよう」
　修が箸を取って、どんぶりの中にゆっくりと差し込んでいく。
　その修の手に、志摩子もまた、自身の手を重ねた。
　感触はない。でも、修はどこか温かさを感じていた。
　ふたりでカツ丼に箸を差し込むという、なかなかシュールな絵ではあったが、しかし、志摩子の表情は穏やかだ。
「これが……結ばれるってことなのね」
　彼女の体が透けていく。どうやら、成仏がはじまったようだ。
　志摩子は、部屋に集まったメンバーにむかって、静かにささやく。
「みんな……わたしのためにありがとう。真似事だってかまわないわ……。わたし、結婚式を挙げられて満足よ……」
　そう告げて、志摩子の体は完全に消えた。
　訳アリ物件の幽霊は、あの世に旅立ったようだ。

――と、思いきや。
「わたし、浮気もしてみたかったのよー！」
　消えたと思った志摩子が、ふたたび姿を現すと、レオンに抱きついたのである。
「うわああああああああああああ！　なんだよお前ええええええ！　さっさと成仏しろおおおおおおおおおおおおおおお！」

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