乙女のプロパガンダ｜リアクション

乙女のプロパガンダ

【背徳へと誘う調べと乙女の祈り】

　そして更に翌日のこと。

　また新たな犠牲者が生まれようとしていた。

「～～♪」

　鼻歌を歌いながらパックのシュース片手に教室へ帰ろうとしていた雨寺凛が2年の教室の前を通り過ぎようとした時。

「ねぇ、もしかしてその歌……」
「え？」

　不意に見知らぬ先輩に声をかけられ、驚きつつも凛は足を止める。

「STAR BREAK'S BELL？」
「あ、ハイ、そうですよ」

　軽音楽部に所属する凛はロックが好きだが、ロックに拘らず音楽全般を愛する少女である。
　音楽番組もよく視るし、カラオケボックスでバイトしていることもあって流行りの歌や有名バンドの歌は店内でもよく聞かれるので自ずとそれを口ずさんでしまったり鼻歌を歌ってしまうのはごく自然なことだ。
　STAR BREAK'S BELLもとある人気バンドの曲で、凛は特にそのバンドのファンというわけでもなかったがその曲のメロディが気に入っていた。

「ニャンダムR 第二期のOP曲よね！」
「ニャンダム？」

　凛はアニメに興味のない人間だったので、ピンとこない様子だ。
　ただなんとなく、この曲が何かの番組の主題歌に使われると言う記事を音楽雑誌でみかけたような、そんな気がする程度の認識。
　しかしそんな凛の様子に構わず2年女子は話を続ける。
　その2年女子とは、そう、問題の浮月綾世であった。

「あら、ニャンダム知らないの？」
「あはは、すみません。男の子が好きなロボットのアニメでしたっけ。私アニメとかあまり見ないから……女子にも人気なんですか？」

　凛が苦笑して答えると、浮月はにっこりと優しく微笑んだ。

「ええ、私も大好きな作品なの。あ、私は浮月綾世。貴方のお名前は？」
「雨寺凛です」
「凛ちゃんがさっき鼻歌で歌っていた歌が主題歌の作品なんだけど、どういう内容かっていうとね……」

　時を同じくして風紀委員のアネモネ・アドニスは2年の教室へと向かっていた。
　2年の女子生徒で校則違反の本を学校に持ち込んでいるとの情報が入った為、それを注意・指導する為だ。
　因果関係ははっきりしていないが、その生徒のせいで何名かの生徒が保健室送りになっているらしい。
　これは風紀委員として見逃せない、由々しき事態だった。

（でも、女性の方ならまだ注意しやすいですわ……）

　アネモネは少しだけ安堵していた。
　何故なら彼女は男性が苦手だからだ。
　しかし最近はようやく初対面の男性相手でも少しずつ話せるようになってきていた。
　笑顔で、仲良く、とまでは至っていないが。
　それでもこの調子なら卒業までにもう少し改善できそうだと小さな自信を身につけつつあった。
　小さな自信はアネモネの胸を膨らませ、活力を与えてくれる。
　アネモネが意気揚々と2年の教室が並ぶ廊下に足を踏み入れた、その時。
　廊下の向こう側から必死の形相で駆け抜けてくる1年女子の姿があった。

「お、お待ちなさい！廊下を走ったら危な……」
「ご、ごめんなさいっ！でも今は許してぇぇぇ！！」

　注意しようとしたアネモネの言葉を悲鳴の様な声で遮った少女はそのままトイレに駆け込んだ。
　そしてトイレからは何故か「うわぁぁぁぁぁ！」「うおおおおおお！！」という咆哮と共にガンガンと壁に頭を打ち付けるような音が響き始める。

「な、何だったので御座いましょう……？」

　女子の尋常ならざる様子は今まで穏やかだったアネモネの心を波立たせるには十分だった。
　それでも気を取り直そうと前を向けば、何冊かの本を持った女子が廊下に立っていた。