朧月宵桜鬼譚｜リアクション

朧月宵桜鬼譚

●春の夜の夢
　空が薄っすらと白み始める頃、現世に這い出してきた亡者たちは完全に浄化され、二ツ鬼もまた全て討ち取られていた。中でも猛者とされた亨は咲と相討ちになり、悠月もアカリが最期を看取ったのだと言う。
　――けれど、一ツ鬼の犠牲も大きかった。奮戦の末に海斗は全ての力を使い果たして消滅し、醒夜子は最後まで桜の美しさを愛して戦場で散った。
（二ツ鬼は、もしかするとそうなっていたかもしれない、もう一人の自分だった）
　戦いを制した莉鳥の瞳に揺らめくのは、哀しみにも似た感情で――彼らと自分を分けたのは、愛する者の存在だったのだろうと彼女は思う。それがなければ、もしかしたら自分も桜を枯らし、世界を滅ぼす側に回っていたかも知れないのだ。
（愛しい人が、命に代えて守ろうとしたもの……桜を守ることで、私はあの人の想いを確かに受け止めていたから）
　だからこそ絶望の底なし沼に囚われること無く、莉鳥は今此処に立っている。大丈夫、世界は終わらない――後は自分たちが桜に還れば、命は再び巡り始めるだろう。
「……じゃあ、私は行くわ」
　――ゆっくりと大木へ向かう莉鳥の姿が光に包まれ、その魂は蝶になって桜に溶けていく。それに続くアカリも桜の幹に触れて、最後に誰かの名前を呟いたようだった。
「さて、私も桜に魂を捧げ、後の世を見守ろう。皆……この後は任せたぞ、私は、信じているからな――」
　一方のエリカは背筋を伸ばして、これから世界を動かしていく人間たちへ檄を贈る。すべての鬼が桜へと還った後、この世界に起きる変化を知る術はないけれど、母が愛した桜がこれからも咲き続けるのであれば――。
（私も、そこへ還り……いつかまた、あなたの娘でありたい）
　光に包まれたエリカが最後に目にしたのは、花弁が降り注ぐ彼方に佇む女性の姿だった。
「……今度こそ、本当に死ぬのかな。でもまぁ、それもいいさ」
　自分たちの消滅と共に、再生する世界――次々に魂を捧げていく仲間たちを見送りながら、庵は清々しい顔で桜の大木を仰ぐ。次の世に託せるのが世界そのものだとは、なんて壮大なのだろうと大きく伸びをして、彼女も皆と運命を共にしようと己の魂を輝かせ――混じりけの無い浄化の力を、桜に全て注ぎ込んでいった。
「できる限りの事は全部やった。薬師の頃と同じだ」
　――最後の一人が還るまで桜を見守っていた修は、自分もまた魂を委ねようと深呼吸をする。新たな生命が輝く瞬間を見れないのは残念だが、魂の蝶は桜に宿り、引き続き世界を見守っていくのだと信じながら。
（……どうか、未来が続くよう）
　降り注ぐ花弁に願いを託し、こうして最後の一ツ鬼が魂を捧げ――桜は生命の息吹に包まれて、蘇った世界に最初の朝が訪れる。
　ふっくらとした蕾が見る間に綻び、薄紅色の花を幾つも咲かせて。優しい風は散り初めの花弁を、世界の隅々まで届けていく。
　――ふと目にした枝の先には、若々しい芽が顔を覗かせ、朝日を受けてきらきらと輝いていた。

　魂の蝶は此岸と彼岸を渡りながら、世界中の桜に祝福を与え、いずれはひととして、何処かの世界に生を受けるのだろう。
　これは、春の夜の夢の如き物語――けれどもし貴方が、桜を見て何故か切なさを覚えたのなら。いつか見上げた永遠の桜と、それに纏わる鬼たちの記憶がその魂に刻まれているのかもしれない。

　――貴方の見た桜の木の下には、何が埋まっているのだろう？

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あとがき

担当マスター：柚烏
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柚烏と申します、この度はシナリオへご参加頂きありがとうございました。
今回桜に纏わるシナリオを考えようと思い立ち、真っ先に思い出したのが「桜の木の下には……」から始まる有名な一文でした。
更に素敵なイラストからイメージを膨らませ、桜を巡って戦う鬼たちのお話となりました。
が、世界が滅びるかどうかと言う選択をいきなり突き付け、心情的に難しい面もあったと思います。
それでも寄せられたＰＣさんの想いはどれも熱く、その生き様を書ききれたことを願うばかりです。

ちなみに「一ツ鬼＝浄化」と「二ツ鬼＝不浄」の設定は、ユニコーン（一角）とバイコーン（二角）の伝承から連想したものです。
なので、元のイラストのＰＣさんの設定その他とは関係ありませんので、余りお気になさらずに……！

一ツ鬼の勢力が圧倒的だった為、異世界は滅びを免れ、これから新たな歴史を刻んでいくことでしょう。
――貴方の見た桜の木の下には、何が埋まっていましたか？

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