朧月宵桜鬼譚｜リアクション

朧月宵桜鬼譚

●幾千の夜の果て
　――嗚呼、今宵の桜は綺麗だ。これが最期だと思うと格別に。
　ゆらりと立ち上がった獅子目悠月は、頬を撫でる花弁をひとつ摘まむと――そのままくしゃりと握りしめた。
「唯……最初の夜を思い出す喧騒は不愉快だ。早く終わらせよう」
　大木に群れる一ツ鬼たちを睨めつけた彼は、その中に懐かしい色合いの持ち主を見つけて口角を上げる。そのまま地を蹴って突き進む悠月の先には、亡者の浄化を行う来島アカリの姿があった。
（すでに朽ち果てたこの魂、桜を守るためならば喜んで捧げよう）
　時が来れば直ぐに魂を捧げられるよう、後方で弓を放つアカリであったが――仲間の鬼を斬り捨て、見る間に此方へ距離を詰める二ツ鬼を認めた瞬間、その表情が大きく強張る。
「……獅子、目？　お前、その姿……それに、角が二本……何で……」
「お前も鬼へ……角の数は一ツか。ふん、死してなお世界に使われるを選ぶか……」
　――かつて同じ里で育ち、互いを好敵手だと認めていたふたりの再会は、世界が終わる夜に訪れた。戸惑いを隠せないアカリに対し、悠月は既に覚悟を決めていて――哀れな運命をここで終わらせてやろうと、彼は刀を手にその身を踊らせる。
「……くっ！」
「相変わらずへなちょこな攻撃だな」
　牽制の為にアカリが放った矢は、悠月に軽々と避けられてしまった。間合いを詰められれば此方が不利で、とにかく逃げるしかないとアカリは踵を返す。しかし悠月は立て直す隙を与えず、挨拶代わりの袈裟斬りから立て続けに刃を繰り出していった。
「なあ、お前にはないのか。この世界に対する恨み辛みが」
　間一髪で刀を避けたアカリだったが、其処で態勢を崩してしまい――巫女装束を土で汚して膝をついた彼へ、悠月は刃の切っ先を突き付けたまま問いかける。
「……恨みなんて、ない。俺はただ、守りたかっただけだ」
　そうはっきりと告げたアカリは、そのまま真っ直ぐに悠月を見つめ返した。この世界を守るため、今日自分はここで、桜に魂を捧げるつもりでいるのだと。
「世界を、桜を、人々を……お前もそうだった筈だろ、なあ、獅子目」
　しかし、何処か切なげに目を細めたアカリへ、悠月は刃を振るうことで返答を行う。彼の弓を跳ね上げ、返す勢いで足を斬りつけて――凡そ戦いに向いているとは思えない細い身体が倒れる寸前に、そっと抱きとめて。
「どうやら死してなお、お前とは相いれないらしい。話は終いだな」
　――嗚呼、耳元で囁かれた悠月の声は、かつての澄んだ響きのままだと言うのに。斬られた足から流れる血を見つめながら、アカリはこのまま悠月に殺されるのかとぼんやり考えていた。
（二ツ鬼に堕ちたお前を救うことも、嘗て人間だった頃のお前を守ることも、何も出来ないまま）
　アカリは知らない。悠月もまた守りたいと言う意志の元、鬼に成ったことを。しかし、人々に慕われたアカリとは違い――悠月は鬼を恐れる人々に襲われ、村ひとつを滅ぼした末に二角を宿したことを。
（……お前は知っていたのかな。遥か昔、守りたかった者の中には、お前も含まれていたんだよ）
　深く息を吸い込んだ悠月は、感傷を振り払って止めを刺そうと、片手で刀を振りかぶる。ふたりの歩みは哀しいほどに違えていて、その想いが交わることは無いように思われた。しかし――。
「待ってたよ、ずっと」
「はは……まだ持っていたのか」
　悠月の刀が振り下ろされる寸前、アカリは彼の脇腹目掛けて懐刀を突き刺していた。そのまま力を失って崩れ落ちる悠月を、アカリは両の手でぎゅっと抱きしめる。
「今回は俺の勝ちだな」
　ばーか、と掠れた声で返す悠月は、そのまま突き刺さった小刀を懐かしそうに撫でて――やがてその肉体は、炎に包まれ浄化されていった。その最期、悠月の結っていた髪が解け、炎を照り返して燃えるような赤に染まる。
　――アカリの持っていた小刀は、里が襲われた時に悠月から貰ったものだった。それからふたりは、幼子を逃がして死んで――そうだ、その時も満開の桜が頭上に広がっていたのだ。
（俺はずっと、助けが欲しかったのか）
　アカリの炎は優しく、知らず悠月の頬には涙が伝う。俺の勝ちだと告げたアカリの声が震えていたことに、彼はとっくに気付いていて、だから最期に笑えていたらと悠月は消えゆく中で願っていた。
「なあ、獅子目……これで俺は、お前を救えただろうか。お前のことを、守れただろうか」
　好敵手の最期を見届けてから、アカリは傷ついた足を引きずって桜の大木へと向かう。いつかまた、どこか違う場所で出会えたら――そんな想いが溢れて、いつしか目の前の光景は涙で滲んでいた。

このページにイラストを設定する

朧月宵桜鬼譚

シナリオ

シナリオデータ

シナリオスケジュール

参加キャラクター一覧