うそつきおーかみの島｜リアクション

うそつきおーかみの島

■いつわりの三宅葉月
　嘘とはなんだろうか。
　いつわりとはなんだろうか。
　偽り。
　詐り。
　詐欺。偽証。
　この世に本当のことなんて、ほんとうは無いんじゃないだろうか。
　そんなよしなしごとを考えながら、三宅葉月はキャンパスに向かって筆をとった。
「悪いわね、モデルになってもらって」
　キャンパスの向こうでは八神修が椅子に座って斜め上を見上げている。
　膝にサッカーボールを抱え、ネコでも撫でるように手を添えている。
　一見しておかしなカットだが、絵画の技術を磨くには丁度いい凹凸と質感である。
「モデルになることは、よくあるの？」
　問いかけられて、暫く黙っていた修は目線をちらりとだけ動かしてから言った。
「まあ、それなりに。頼まれると断われないタイプなのかもしれないですね。先輩は、よく人にモデルを頼むんですか」
「たまによ」
　しかし筆をそれ以上動かすこと無く、キャンパスに軽く十字を切っただけで終わりにした。
「もういいわよ」
「……もう書けたんですか？」
「後で書くの。静止した記憶で描いた方が、動く実物を見るより筆が進むのよ」
「なるほど。写真記憶というやつだ」
　修はすっくと立ち上がり、ボールを指の上で回した。それはサッカーボールの芸だと思ったが、どうやらどちらもやるらしく横回転のままリフティングしはじめた。
「学力優秀でスポーツ万能とは、羨ましいわ」
「それほどでも」
　じゃあボールを返してきますね、と言って修は部屋を出ようとしたところで、葉月は声をかけた。
「いいわ。ボールは置いていって。私が返しに行く」
「実物より記憶のほうが進むんじゃ？」
「ボールは息をしないでしょう」
　肩をすくめて部屋を出て行く修。
　残された、ひとりきりの部屋。
　絵の具のにおいと窓からさす日差し。
　美術室の、独特の空気。
　しかしこの空気には、まるで慣れる気がしなかった。
　筆を置いて、キャンパスから離れる。
　暫くすると部屋に女生徒が入ってきた。
「今度はどんな構図？」
　葉月は置いていかれたボールを手に取ると、椅子に座って見せた。
「今から説明するわ」

　まるでサンゴとクマノミ。共生する動物だった。
　彼女は実家に反対されて絵を描くことができない子。
　一方自分は絵を描く能力もないのに絵画を専攻している。
　毎回、彼女に描かせては自分の名前で発表していた。
　勿論利益を得るつもりなんてない。彼女も絵を描きたいだけでプロを目指すわけでもないのだ。
　お互いが人生をやり過ごすための『エサ』を摂取しているような、不思議な共依存関係だった。
「ねえ、たまには自分で描いてみない？　こうして毎日来るくらいなんだし、好きになってきたでしょう？」
　彼女に言われて、先程の修と同じ格好をした葉月はため息のように言った。
「絵なんて嫌いよ」
　けれど、いつまでこんな暮らしを続けられるだろうか。
　誰かに嘘を暴かれ、どこかへ連れ去られてしまう時がくるのだろうか。
「ねえ、葉月」
　表情ひとつ動かさない葉月に、キャンパスの向こうから彼女が言った。
「今、怖がった色してる」
「あなた、才能あるわ」
　再び、ため息のように言った。

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