うそつきおーかみの島｜リアクション

うそつきおーかみの島

■裏の裏が表ならざるように、嘘の嘘は真実ならざるのだ
　恵御納夏朝は心臓が止まればいいと思った。
　校舎裏の壁に背をつけて身を隠し、胸と口を押さえてゆっくりと呼吸をする。音を立てないように、心乱れないように。
　裏手の雑草に紛れて女生徒がなにやら話している。
「前も言ったでしょう？　あなたと一緒で私もネコ嫌いなのよ。触るのも嫌なの」
「おかしいわね、矛盾しているわ」
　そっと覗き込むと、女生徒が相手の肩からなにかをつまみ上げていた。
「ほら、ネコの毛がついてる。今日だけじゃないわ。前から、ずっと。肩口は手入れが行き届かないものよね」
　相手はあきらかに動揺していた。
　嘘を暴かれた瞬間。
　嘘つきだと知られた瞬間である。
「あなた……」
　女生徒は鋭いナイフを突き刺すように、言い放った。
「『人狼』ね」
　相手が膝から崩れ落ちる。言い逃れができないことを察したのだろうか。
　この島で『嘘をつく』ということはそれだけで人狼の疑いをかけられる。
　相手が疑ったまま何もしないでいてくれればよいが、相手が『狩人』だった場合……なにもないはずがない。
「怖がらないで。今夜にでも迎えに行くわ。逃げないでね」
　女生徒がきびすを返す。
　こちらへ来る！
　夏朝はその場に小さく身を隠し、相手をやり過ごした。
　やり過ごしつつ、相手の顔をのぞき見る。
　綺麗になでつけられた長い黒髪。
　ファッショナブルなスカーレットフレームの眼鏡。
　間違いない。
「神野美野梨は……狩人だ……」
　だが、これを誰かに言うわけにはいかない。
　その相手も狩人か、その仲間である可能性は捨てきれないのだ。
　できることがあるとすれば。
「僕の『嘘』を、彼女にだけは知られちゃいけない」

　異変を身近に感じたのはいつからだったか。
　嘘をつかなければ死んでしまう呪いができてからか。
　それとも『シュールストレミング味のポテチが出たんだぜ！』と嘘をついた流が消息を絶った時か。
「や、おかえり。ゴミ捨ての割には長かったけど、どうかした？」
　旅鴉月詠が教室の箒がけの手を止めて振り返った。
「ううん、別に……大丈夫だよ」
　彼女の他には誰も居ない。やがて日もかげるであろう教室の隅である。
　流の日直を代わった時は貧乏くじを引いたかと思ったが、月詠が一緒なら文句は無い。
　なぜなら……。
「別に今は『カーヤ』でいいよ。毎日演技してたら疲れるだろう」
「……」
　月詠は肩をすくめている。
　夏朝は……否、夏夜はどうしようかなやんで、しかし首を振った。
「この身体は夏朝のものだ。少なくとも僕はそう思ってる」
「それが君の『嘘』だとわかっていても？」
「いずれ本当にしてみせる。夏朝に、この島の呪いは厳しすぎるんだ」
「島の呪いを解くなんて、無理だと思うけどな」
　今度は肩を落として、月詠は箒がけを続けた。
　彼女は夏朝の嘘に気づいてからずっと嘘に協力してくれている。
　全くボロを出していないにもかかわらず『身体が心に嘘をついている』と言われた時にはそれこそ心臓がとまるかと思ったが……。
　彼女に『神野美野梨』のことを話すか？
　いや、面倒ごとに巻き込んでしまう。
「ねえ、知ってるかい。流くんの行き先」
「……いきさき？　それは、誰も知らないんでしょう？」
「それがね、島の外に連れて行かれた人狼は人も狼も関係なく平和に暮らしているって噂だよ」
「そんなの……」
「噂だって。証拠はないよ。見てきたわけでも、ないしね」

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