【ホワイトデー】煌燦-KiraKira-ホワイトアイランド｜リアクション

【ホワイトデー】煌燦-KiraKira-ホワイトアイランド

● 水族館～ゆらゆら海月

　会場の中は深海をイメージした深い蒼。天井までの大きな水槽の中を、白いクラゲがゆらゆらと下から上へ、上から下へ、弧を描くようにゆっくりと回遊している。寝子島マリンパラダイスでは、ホワイトデーに合わせて、クラゲとアートを融合させた『海月アクアリウム展』が開催されていた。
　結城日和は隣に佇む神嶋征一郎をそっと見遣る。
　夜のイベントで白のドレスコードがあるためだろう、細めの白のネクタイを締め、カジュアルな濃紺のジャケットを羽織っている。蒼い瞳と蒼い髪も相俟って、彼自身が深海そのものであるかのように日和には感じられた。その眼差しはいつものように冷静。日和との時間をどう感じているか、その真意はうかがい知れない。

（わわー神嶋君とで、デートだ！　……って思って意識してるのは私だけだよねぇ。まだ思いを伝えたばかりだし。でも、誘ってくれただけですごく嬉しい。頬が緩んじゃう！）
　日和は両手で頬を抑える。
　そんな日和の今日のコーデは、ドレスコードを意識した白レースのリボンと白レースのストール。バルーンスリーブのブラウスに、春らしいパステルピンクのチュールスカートを合わせてみた。フレアスカートの上に幾重にも重ねられたやわらかいレースが歩くたびに広がって花ひらく。
「結城の服装、海月に似てるな」
　と征一郎は言った。それからポツリ。
「似合ってる」
　嬉しくて、日和は足元がふわりと浮かぶような心地がした。水槽の中を泳ぐ海月みたいに。
　夢見心地に日和は返した。
「神嶋君の服装は、海みたい」
「そうか。そういえばこの展示は深海をイメージしていると聞いた」
　征一郎は球体水槽の中の海月を見る。
　底面から淡いブルーのライトで照らされた球の中。揺蕩うは、白く光る海月たち。
　時間はゆっくりと流れ、神秘的で美しく、癒される。
「本当の深海は暗くて冷たいのかもしれないけれど。こうやって展示されてるイメージの世界は好きだな。一緒に演奏したあの深海のようで……」
「ああ」
　覚えている。
　幻惑的な水中世界。日和との協奏。

「あのときは弱いところを見せた」
「ううん。あの神嶋君も神嶋君なんだなって思うとすごく愛おしくなったよ」
　何気なく紡がれる日和の言葉に、ゆらり、海月を追うように、征一郎の瞳がわずかに揺らいだ。
　日和は揺らぎに気づかなかった。
「私の方こそあんなところをみせちゃって。好きになってもらおうって思った矢先なのにねー」
　視線を海月に向けたまま、日和はくすっと笑みを浮かべる。

　――「私は音楽が大好き！　神嶋君も音楽が好き！　これでいいじゃない？」

　シンプルでまっすぐで強い言葉。
　あの言葉が、彼女が、征一郎に大切なことを思い出させてくれた。
　音楽を純粋に楽しむ気持ちを。
（光だった）
　深海に差し込む、ひとすじの光を、彼女の言葉に見た。
『自分は借りは作らない主義だ。……それだけだ。予定が空いてるなら少し付き合え』
　そんな誘い文句に頷いた彼女。
　自分のことを好きだという彼女。
　彼女の気持ちを知り、断って尚、こうして顔を合わせるのは二度目か。
　彼女は一体どんな気持ちで今日来たのか。
　自分は……何を期待しているのか。
（未来の可能性の延長線に手を伸ばして掴めば何か変わるのだろうか）
　征一郎は自問する。
（……馬鹿か）
　光が自分に届くわけがないと、暗闇と水圧に耐えて生きる深海の生き物のごとく。
　浮かんだ希望的観測に毒づき、軽く首を振る。
　けれどそれなら……。

　なぜ自分は、今日、日和を誘ってしまったのだろう。