夕方、何する？｜リアクション

夕方、何する？

　夏物の写真をこの季節に撮影、なんていうのは、実は珍しくない。
　編集・印刷もそうだし、夏の少し手前から夏物商戦は始まるのだから、夏前に撮影しては間に合わないらしい。

「鳥肌なんて立っちゃったら、夏の浜辺じゃないからね」

　本日グラビアモデルのオシゴトの姫神絵梨菜は、常夏の浜辺が似合うセクシーなビキニ姿。
　撮影直前まで車の中で待機も考えなかったけど、そうしたら鳥肌が隠し切れないかもしれない。
　だから、敢えて出ている事を選んだ。

「寒くなんかないって思い込ませないとね」

　絵梨菜は目を閉じて深呼吸。
　身体を動かせば温かくなると特技である中国拳法の演舞を行おうとして───

「……寒くないのかな」

　絵梨菜は、視界の隅で海に入っていく人が見えて顔を向けた。
　星ヶ丘寮で見かけた事があるし、大の仲良しである月詠が（彼女1人ではないが）寝子祭の時服をデザインしていた人だ。篠宮……六花、芸術科の先輩だ。
　考え事をしているように見えるけど、と絵梨菜が不思議に思っていると、ピアノの調べが聞こえてきた。
　途端、六花がピアノの音色の主へ顔を向け、絵梨菜も釣られて顔をそちらへ向ける。

「隣の隣のクラスにいる市橋君だ」

　彼も月詠と友達だから判る。
　ろっこんを使用しているからか、誉の近くに鍵盤が奏でるような立派なピアノの姿はない。
　どこか感傷的な音色はやがて躍動感あるリズムへ変わっていく。

「あ。いい感じかも」

　絵梨菜は気持ちが上がってきたと改めて精神集中。
　思考を切り替え、ひたすらに常夏の海と暑い日差しを思い描いていく。
　大丈夫、常夏の楽しい気分はこのピアノが導いてくれる。

（ここは、冬の寝子ヶ浜海岸じゃない。ここは、常夏リゾート）

　演武で身体を動かしていく内、寒さが消えていった。

「絵梨菜ちゃーん！　そろそろ撮影だよ！」

　カメラマンが呼ぶ声がする。
　陽が落ちてしまったらアウトだけど、陽が中途半端な位置でもアウト。
　『写真として映える』『奇麗な夕日』は、色々難しいらしい。

「寒くなさそうだね。身体動かしてたの？」
「鳥肌立てないようにって」
「いい心掛けだね」

　カメラマンは絵梨菜の笑顔に満足げに頷いた。

「水温低いけど、水辺ではしゃいでもらっていいかな」
「はいっ！」

　大丈夫、ここは常夏の海。
　そう思っても海の水は冷たく、常夏の海のイメージが霧散しそうになるが、まだ海にいる六花へ顔を向けて言い聞かせる。

（……『寒くない』）

　『寒い』という思考を追い出した絵梨菜は海水を掬い、夕日を浴びるように放つ。
　キラキラとした水の雫を見て無邪気に笑う様を見て、1枚撮影。

「いいね！　もう夏が来たって感じで！　次は、物憂げに夕日を眺めてもらっていいかな」
「はーいっ！」

　軽快な口調のカメラマンは乗せるのも上手らしい。
　絵梨菜は砂浜に腰を下ろし、夕日を見つめる。
　誉のセンチメンタルなピアノの音色を思い出し、表情を作ると、カメラマンはその横顔をパチリ。

「絵梨菜ちゃん。その顔すごくいい！　後は───」

　絵梨菜はカメラマンのオーダーを次々とこなし、最後、腰をくねらせたセクシーポーズで撮ってもらう頃には、気持ちは最高潮にノッていた。

「絵梨菜ちゃん、良かったよ」
「有難うございますー！」

　いいお写真、いっぱい撮れたかな、なんて気軽に聞けないけど、それは後のお楽しみ。
　今日、カメラマンの人から褒めてもらえたのは───

「早く着替えて、お礼言いに行こっと」

　絵梨菜は急いで服に着替えるべく車の中に飛び込んでいった。

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