be enjoy lunch time｜リアクション

be enjoy lunch time

■つかのまの１５０秒
　深倉理紗子の食事風景を前に、まずは医療現場における食事姿勢について触れねばならない。
　医療現場、とくに病院内において時間は貴重なものである。処置が一分遅れただけで死に瀕する患者も珍しくないこの空間で、もったいないからとご飯を平らげることは許されない。いざとなったら食事中であろうとも即抜けする姿勢である。
　勿論スタッフ側もそのことを重々承知しているので、トレーを広げてゆっくり食べようなんて気持ちを最初から持たない者もいる。おにぎりを三口で頬張り野菜ジュースで流し込むのも日常茶飯事で、それすらままならない時のためにデスクの引き出しには様々なブロック食がぎっしり詰まっていた。
　そんな日常を送る医師、深倉理紗子にも休息は存在した。
　休日をとらないと流石に（そして法的に）ダメになった理紗子は、それでも患者が心配だからと休日出勤で院内の見回りををしていた。
「こんなにゆっくりできるのも久しぶりね」
　昼時になるとつい適当に済ませてしまいがちだが、今日は急ぎの仕事もない。なんならこれから帰ってもいいくらいだ。
「それなら……」
　普段は立ち寄ることも少ない食堂へと、理紗子の足は向いた。

　メニュー表を前に思案する。
　せっかくゆっくりと食べられるのだ。形の整ったものがいい。できれば栄養価の高いものが望ましい。もっと言えば、夜勤に備えてカロリーが高いとよい。
　うどん、そば、カレー……と流していって、ぴたりと目がとまる。
「これね」
　ぴ、と指をついた食券購入ボタンには『トンカツ定食』とあった。
　流れるように『うどん（小）』『エビフライ』と押していく。
　線の細い理紗子だが、体力を必要とする現場に長く居たことで食が太くなったのだろうか。
　さておき。
　トレーいっぱいに並んだメニュー。理紗子は深く息を吸い込んで、満足げにはき出した。
　とんかつソースの甘みと酸味が香りとなって循環していく。
　箸をつければサクッという衣の手応え。
　切れ目からは肉汁がこぼれ、添えたキャベツの千切りへとしみていく。
　まずはソースのかかったカツを頬張る。
　舌に感じるソースの甘み。フルーツと野菜を溶け合わせたなんともいえない味わいに油の重みが加わっていく。
　噛み千切るたびにざくりとした食感。肉のほどよい抵抗を噛み千切れば、再びあふれる肉の脂。
　ひとかみひとかみ丁寧に、味わって食べる。
　次はソースのかかっていない所に塩を振って食べるのだ。より繊細にあじわうのだ。
　さらには大根おろしを添えて、今度はさっぱりといただくのだ。
　三昧一体。なんと贅沢な時間の使い方であろうか。
　残るうどんをちゅるりとすすりつつ、理紗子は食への感謝に目を閉じた。
　よく味わうのよ。明日からはまたおにぎりだからね。

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