しゃべりばあいてむ！｜リアクション

しゃべりばあいてむ！

■恵御納夏朝とネコパペットのハルくん
　あなたは何人いますか？
　おっと、不思議な問いかけになってしまいましたね。
　お一人？　本当に？　朝起きた時のけだるい自分を布団の中に置き去りにして朝食をとったり、遊びたい自分をお外に放り出したまま学校や会社に出かけたり、お友達とお喋りする自分と先輩の話を拝聴する自分を分岐させたり、していらっしゃらない？
　幼い頃に夢見た自分を分岐保存して眠る前に会話することや、不安な気持ちや醜い怒りを隔離してよそから見えないようにすることも？
　恵御納夏朝には、（自覚の有無は別として）常に分岐させているもう一人の自分がいました。
　名前だってつけています。夏朝が沈む時に現われることから夏夜（かや）といって、ふわふわとどこか夢見がちな夏朝に変わって自己を防衛したり危険物を警戒する、コンピューターオペレーションでいうところのアンチウイルスソフトのような役割を持っていました。
　とはいえ根本から分岐しているだけあって、役割は保守や監視ばかりではありません。いわば夏朝を守る唯一無二のお友達であり、文字通り一心同体の兄弟姉妹なのでした。
　では、この子は二人でできているのでしょうか？
　いいえ、そればかりではございません。
『やあ、ぼくハルくん！』
　口をぱくぱくさせて喋るネコ型パペット、ハルくん。
　幼い頃に夏朝が自分で作ったパペットです。お友達と一緒に作ったという思い出と共に分岐して保管された、いわば第三の自分とも言うべき存在でしょう。
「けど、前に話した時と口調が違うね。子供向け番組みたい」
『人気が出るかもと思っただけにゃ』
「なんの人気だか……」
　それこそ子供向け番組のようにパクパクしながら明るく抜けるような声を出していたハルくんが、むにゃむにゃとしたリアルな生き物めいた声で語ったのです。むずがゆそうに腕で顔を撫でています。
　一応腕に嵌めて操作している状態なのだが、操作しているのかされているのか、もはや曖昧でした。手首から先が別の自分になったような感覚と言って、どれほどの人が理解できるでしょうか？
　そうそう、場所をまだ説明していませんでしたね。
　頬に当たる冷たい風がわかりますか？　海の臭いがしますね。海鳥の声と、さざなみの音も。遠くを見れば、茜色に沈み行く太陽がわかるでしょう。
　そしてコンクリートの堤防に腰掛けてハルくんと語らう夏朝の姿もです。
　いえ、訂正すべきですね。夏朝ではなく、今は夏夜でした。
「……」
　二人はどこか気まずそうでした。
　いつも同居しているけれど顔を合わせない相手がたまたま同じ食卓で二人きりになってしまったような、そんな空気です。
　けれどお互いに考えていることはわかりました。
　同じ自分だから？　いいえ、同じ夏朝を見ているからです。
　朝夜が夏朝にずっと寄り添った自分なら、ハルくんは夏朝がずっと寄り添った自分でした。
　その関係は決して一方通行なものじゃなく、同じ気持ちがサイクルしているのでした。
　どんな気持ちなのか、それはもう、言わずとも分かることですよね。
「えっと、ハルくん」
『うん』
　二人は海を眺めながら、色々な話をしました。
　昨日のこと。一年前のこと。十年前のこと。些細なこと、他愛の無いこと。そして少しだけ大事なこと。
　まるでお互いを確認するような、距離をあけた座布団を少しずつ近づけるような、よそよそしくも親しい、不思議な距離感の会話でした。
　ですがそれも永遠には続きません。
　夕日れが海の向こうに消える頃、ハルくんは言いました。
『今度はもっとお話したいにゃ。またにゃー、かや！』
「……呼び捨てって」
　くたりとなって喋らなくなったハルくんを、夏夜はちらりと見て笑いました。
　それも悪くない。そんな顔でした。
　夏夜が夏朝に寄り添って、夏朝がハルくんに寄り添うなら、ハルくんと夏夜はどんな関係なのでしょう？
　いえ、これもまた、言わずともわかることでしたね。

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