しゃべりばあいてむ！｜リアクション

しゃべりばあいてむ！

■上下左右の素敵なステッキ
　白髪、小柄、鈴の突いた杖を突いたお嬢様口調の女子高生。
　病弱そうに見えて元気で、杖をついているわりに活発。
　内外共にあべこべな彼女。の『外』の部分。
　それを象徴する『杖』に、今日は焦点を合わせてみよう。
「ごきげんヨーグルト！　わたし素敵なステッキと申しますの。素敵とステッキがかかっておりますのよ！」
　ステッキを両手でくいくい動かしながらネコにパペット遊びをしている彼女こそ、巷で噂の上下左右である。アーンド、杖である。
　左右の活発さから想像が付きづらいやもしれないが、左右は生まれつき足の悪い子供だったという。そんな彼女に執事のおじいちゃんがプレゼントしてくれたのがこのステッキ。背丈に合わせたものなので、今この杖をついて歩こうとするとかなり手が低い位置に来てしまうのだが、人は立つもの育つもの、１６歳にまで成長した左右にとって足の不自由はさほどなく、この杖はもっぱら彼女の心を支えるために存在していた。
　ろっこん能力の発動条件へ暗に組み込まれていることもむべからぬといった所だろうか。
　そんな彼女の杖が。
『ごきげんようお嬢様』
　とか言い出した。
「ご、ごきげんよう？」
『楽しそうですわね』
「そうなんですのよこのネコ人の言葉が分かるみたいににゃおにゃおと……って」
　左右はほわぁーと言いながらわたわた杖をお手玉したあと、しっかり両手で掴んで大声で呼びかけた。
「あなたしゃべれたんですわね！？」
『すこしだけ』
「その少しとは……ど、どのくらいですの？」
『野良猫がお膝に乗って眠ってくれる程度でしょうか』
「ほんの少しですわね！」
　なればこそ、この時間は大事にせねば。
　左右はもぐもぐと奇跡の味を噛みしめた。
　が、二噛みくらいで止まった。
　杖が『そういえば』と話を振ってきたのだ。
『お嬢様、私のお名前、なんでしたっけ』
「……」
　りん、と鈴が鳴る。
　左右は先程自分がパペット遊びで言ったことを、自分の中で反芻した。
「素敵な、ステッキ……ですわ」
　目をそらす左右。
　あ、そのネーミングセンスがフィギュアスケートしてる（言葉を選んだ表現）ことを自覚してますのね、と皆様お思いのことだろう。毎日金属バットをフルスイングしてその余力でくるくる回っているような彼女であるが、なにぶん育ちの良い子である。常識感覚くらいは普通に持ち合わせていた。いたと思う。
　丁度、ピアノのお稽古でわざと半音ズラして弾く遊びをした時と似た顔をしたからだ。
　対して杖は。
『素敵！』
「は」
『お嬢様素敵！　ステッキと素敵をかけた二重のネーミング、素敵！』
「そ、そうですの？」
『控えめに言って神！』
「神！」
　その後、杖からのマシンガントークならぬマシンガン褒句の褒め殺しにあい、左右はくらくらになった。
　やがて日が暮れる頃、『いつもありがとうもろこし』というものすごく受け取りづらい会話のボールを投げて、ぴたりと喋らなくなった。
「……」
　左右はそのボールをきっちり受け取り、杖をぎゅっと抱きしめた。

　翌日から、左右の部屋にはあの日本刀とか床の間に飾るヤーツが置かれるようになり、杖を持たぬ時はそこへ安置されるようになったという。
　そんな。
　心を支える、杖のお話である。

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