母の日に｜リアクション

母の日に

●旅のはじまり

　シーサイドタウンの駅前。
　開店時間を迎えた店は母の日一色だった。
　駅ヘ向かう夢宮瑠奈が、カーネーションの前で立ち止まる。
　正面で咲き誇る鮮やかな赤でなく、彼女が見ていた花の色は、白だった。
「……あの時の女か……」
　浜辺へ向かおうとしていた草薙龍八は足を止めた。
「草薙くん」
「知りたがってたな……話してやる」
　先日の浜辺でのことを思いながら、龍八は話し始めた。

「両親が亡くなって母親替わりをしてくれた姉さんがいた。
　辛い時いつも言ってた『神様はちゃんと見てるから父さんも母さんも神様と一緒に見守ってくれてる』と……」
　黙っている瑠奈に、尚も話し続ける。
「野々ののこが望む『フツウ』はどこにでもある当たり前過ぎの事。
　引き取られた先の連中が『フツウ』の中で明るく過ごしてる裏で両親の遺産はすべて奪われ、俺達は満足に食事すら与えられなかった……
　そんな生活の中で姉さんは死んだ……いや、殺された……栄養失調だった。俺達姉弟は『フツウ』を維持するための犠牲にされた」
　淡々と語るその目に、仄暗い炎が宿る。
「遺産を奪った親類縁者、全てに報復をして寝子島に来た……だが、入学式に落神が落ちてきて『フツウ』を望んだ……フザケルな！」
「……ごめん、あたし、もう行かなきゃ。母さんのお墓参りに、島外に行くの」
「また喋り過ぎてしまったな」
「あの……話してくれて、ありがとう」
　踵を返し立ち去る龍八に、瑠奈はお礼を言った。

「今日は母の日か」
　民谷鋭二はつぶやいた。
　鋭二の母親は７年前（鋭二が９歳の頃）に病気で亡くなった。
　父は木天蓼市に単身赴任している。
　去年の七回忌も受験やら何やらで忙しかったし、何だか母の思い出話がしたくなった。
　今さら寂しくなったりはしない。もう、とっくに慣れた。
（けど、良い機会だから親父の所へ顔を出しに行こうかな）
「良し、久々にねこでんに乗って出かけるか」
　
　そして乗りこんだ寝子電の車両に、白いカーネーションを抱えた少女が乗ってきた。
　茶色い髪をひとつ結びにし、右目に泣きぼくろがある。
　その少女……瑠奈は、鋭二の隣の空席を見つけ、話しかけた。
「あの、ここ空いてますか？」
「ああ……どうぞ」
（この子も、母親がいないんだろうか）
　視線に気づいてなんとなく瑠奈が口火を切った。
「あの、どちらまでいかれるんですか？」
「ああ、木天蓼市まで」
「じゃあ、あたしより先に降りるんですね。あたしはお墓参りに行くんです」
「ああ……俺は親父のとこまで。母さんの思い出話でもしようかと」

　瑠奈が目指すのは、関東のとある丘の上にある小さなお墓。
　電車に揺られながら色々と思い出す。
　あまりかまってもらえていなかったこと。
　でも、かまってくれる時は全力だったこと。
　テレビの向こう側のアーティストのママ。
　帰ってきたときは抱きしめてくれたフツウのママ。
（こんなにも愛されていたのに、小さいあたしは愛を求めてパパを困らせていたな。
　お墓参りのあと、パパの仕事場に行こうかな？）

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