コロコロ｜リアクション

コロコロ

ダイス　２（ＰＣが危険な目に遭う）

　文机に書き掛けの脚本が開いた状態で置かれていた。浅葱あやめは空白をペン先で突っつく。空いた手を灰色の前髪に差し込んだ。眼鏡の奥の目に苦悩が滲む。
　苛立ったようにペンの動きが小刻みに速くなる。目が時計を見た。ペンは指から離れてゆっくりと倒れた。
「…もう、こんな時間、ですか」
　顔を上に向ける。天井をぼんやりと眺めた。
　――締め切りはないのだから、急ぐ必要はない、と思いたい。劇団の人に頼まれたものなので、あまり待たせては悪いし。
　いつもとは一味違う脚本を……本当に作れるのだろうか。
　姿勢を戻した。以前、演じた脚本を手に取り、一冊を抜き出した。それを枕の下にそっと忍ばせる。
　寝る用意をして布団に潜り込む。丸い姿勢を取って静かに目を閉じた。
　――気休めかもしれないけれど、何かインスピレーションが湧くことを期待して……。
　あやめは安らかな表情で眠りに就いた。

「なあ、ちゃんと聞いてくれよ」
　友人が困ったような顔で笑っていた。あやめは丸い木製のテーブルを挟んで向き合って座っている。状況を確認するように素早く目を動かした。
　――大学の構内にある喫茶店……以前に演じた脚本の話になるのかな。
「あ、ああ、話はなんだったかな」
　友人は呆れたような顔で溜息を吐いた。
「だから、彼女の話だよ。おまえと同じ学部だから、なんとか話す切っ掛けを作ってくれないかって」
「そう、だったな。確かに彼女は綺麗だし……友人も多いから性格に問題はないだろう」
　遠い記憶を思い出すかのように言葉を紡ぐ。
「そうなんだよなー」
　友人はテーブルの上に突っ伏した。縋るような目をあやめに向ける。
「望みは限りなく薄いんだけど、頼めるか？」
「当たり前じゃないか。任せてくれよ」
　横手から忙しない足音が聞こえてきた。気になったあやめが横目で見ると、厳しい表情の若者が拳を振り上げた。
　あまりの急展開にあやめはイスごと倒れた。
「な、何をするつもりだ、いきなり」
　事態が把握できないまま、急いで起き上がる。
「わざとらしいんだよ！　相談に乗る振りをして楽しんでるんだろ！」
「え、どういうことなんだよ？」
　友人は若者とあやめを交互に見遣る。
「教えてやるよ。このメガネ野郎はな、おまえが恋した女と付き合ってるんだよ」
「何だって！　それは本当なのか」
「ち、違う。そんな事実はない」
　あやめは手と頭を同時に振った。
　――なんだ、この展開は！？　こんな流れは脚本にはなかったはず。
「し、信じて欲しい。そんな友達を裏切るようなことをするはずがないじゃないか」
「白々しいな。この写真を見ても同じことが言えるのか？」
　若者はジャケットのポケットから写真を取り出し、テーブルに投げ捨てた。
　そこには若い男女が写っていた。腕を組んで楽しそうに笑っている。その一人にあやめは驚愕した。
「な、な、んで、写ってるんだよ！」
「おまえが彼氏だからに決まってるだろ」
　若者はナイフを手にしていた。鋭い切先をあやめに向ける。
「……俺を、心の中で、嘲笑っていたんだな」
　友人は立ち上がった。その手にも同様の凶器が握られていた。
「…ち、違います、いえ、こんな、脚本の、展開では……」
　芝居になっていなかった。素の自分で弁解する。その間にも二人はあやめとの距離を縮めてきた。
　説得を諦めたあやめは逃げ出した。その背に若者の声が飛ぶ。
「逃げられはしないぜ！」
　それが合図となった。どこに潜んでいたのか。ぞろぞろと若者が現れた。全員が凶器を携えている。
　あやめは囲まれた。凶器の放つ銀色の光が全身を凍て付かせる。
　震えることもできず、あやめは氷像となった。

　布団で目が覚めた。軽い筋肉痛になっていた。腕や足を動かすだけで表情が歪む。
「…コメディ作品が、クッ、こんな悪夢に、なるなんて…思いませんでした……ふぅ」
　上体を起こしたあやめは軽い溜息を吐いた。

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