コロコロ｜リアクション

コロコロ

　椿美咲紀が自室の机に向かう。教材を見ながらノートに要点を纏めていく。少し集中力を欠いているのか。ちらちらと本棚の方に目をやった。
　手に持っていたシャープペンシルをノートに叩き付ける。
「勉強はストレスが溜まるのです！　こんな時は睡眠学習が有効なのです！」
　勢いよく立ち上がった。美咲紀は本棚の仕掛けを作動させて隠し部屋へと入っていく。
　秘蔵のコレクションを前にして考え込む。手は迷いながらも一冊の薄い本を選び出した。
　表紙には戦国武将が若々しい姿で描かれ、色気漂う流し目を送っていた。美咲紀は陶酔した表情で微笑む。
「……甘い妄想に浸っていました」
　唇の端をパジャマの袖で拭って自室に戻る。早々に明かりを消して枕の下に薄い本を差し入れる。
「きっと日本史に役立つのです」
　うっとりとした表情で言った。

　城の大広間のようなところに武将が集められ、白熱した議論を戦わせていた。末席に当たるところに驚いた顔の美咲紀がちょこんと座っている。制服姿で首からはカメラを提げていた。
「ぼ、ぼんやりしている場合ではないのです」
　細長いＩＣレコーダーを取り出し、武将達の舌戦を録音した。
「ああ、素敵なのです。大坂の陣の軍議が、こんなに熱いなんて。結局は籠城策になるのですが、勇猛果敢な積極策も見てみたかったのです」
　目は若者にも向けられた。口がだらしなく開いた。胸の奥底に秘めていた欲望が笑みとなって溢れる。
「若君が超美形なのです。受けでも攻めでも、どちらでもいけそうなのです」
　熱を帯びる軍議の片隅で、美咲紀もまた、別の意味で萌えるのであった。

　巨大な波のような鬨の声が上がる。
　美咲紀は立ち尽くした。城に軍勢が押し寄せる。大砲の衝撃が地面を小刻みに揺らした。
「こ、ここはもしかして、夏の陣ですか！」
　城の外堀は埋められていた。内堀も計略によって平地と化した。敵を足止めする機能は皆無であった。
　合戦を少し離れたところで見ていた美咲紀は我に返ったかのように走り出す。
「もしかして、もしかするのです！　ここが夢の中なら形勢を引っくり返すこともできるかもしれないのです！」
　走りながらカメラを手に取る。若武者の散り際を美しい構図で活写した。勇猛な武将の一太刀の瞬間も捉えた。
　城を離れ、美咲紀はひた走る。周囲が赤一色となった。全員が同色の甲冑を身に纏う。
「ついに奇襲隊に追い付いたのです！　このまま、本陣まで突っ走るのです！」
　赤の奔流を抑え込もうと命知らずな敵が押し寄せる。
「負けないのです！　日本一の兵なのです！」
　敵を撫で斬りにして突っ切る。赤い流れは本陣を突き破り、逃げ惑う総大将に迫る。疲れ果てた美咲紀は足の踏ん張りが利かずに転がった。
「さ、さすがに疲れたのです」
　その時、大きな声が上がった。
「総大将の首、討ち取ったり！」
　赤の軍勢は地鳴りを思わせるような声を上げた。地面から起き上がった美咲紀も両手を上げて叫んだ。

「やったのです！　赤備えが勝ったのです！　夏の陣に勝利したの……ここは？」
　美咲紀は両手を突き上げる姿でベッドに寝ていた。上体を気だるげに起こし、大きく息を吐いた。
「私は皆と一緒に駆け抜けたのです」
　落ち着いた声音で夢の出来事を口にした。
　静かに瞼を閉じた。余韻に深く浸って打ち震える。
「あの熱い合戦の中を……」
　美咲紀の頬に一粒の想いが流れた。

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