開放的な一日｜リアクション

開放的な一日

　正午前、浅葱あやめはシーサイドタウンに赴いた。深緑のモッズコートにベージュのパンツ姿で店舗を見て歩く。
　通りに人が多くなってきた。あやめは道端の空いたところに立ち止まり、スマートフォンで店の検索を始めた。ずらりと並んだ結果に少し考えるような顔付きとなった。下がってきた眼鏡を少し上げて歩き出す。
　人混みを嫌うかのように足を速めた。やや背中を丸めた格好で寝子島シーサイドタウン駅へと出た。広い空間を目にして少し表情が和らいだ。
　店のことを忘れたかのように伸びやかに歩く。噴水の前で二人の人物を見掛けた。真剣な目で向き合っている。
　背広を着た人物がボアコートの女性に愛の告白をした。耳にしたあやめの足が緩やかに止まる。視線をスマートフォンに向けたまま、指は硬直した。
　――ユウと呼ばれていた人物は、男性に見えても女性で、同性に告白したことになるのだろう。
　あやめは灰色のボサボサの前髪を少し指で掻き分けた。覗いた茶色の目で二人の様子を窺う。女性の驚きは短く、すぐに表情を軟化させた。拒絶の意志はあまり見られなかった。
　少し離れたところにいたあやめは顎先に手をやる。
　――事実に戸惑いはあっても、最後は女性に受け入れられていた。やはり、親友として相手のことをよく知っていたからなのだろうか……。
　じゃれ合うような遣り取りで二人は繁華街の方に歩き出した。あやめは離れていく背中をぼんやりと眺めている。
　――ユウと呼ばれていた彼女は…この場合は彼、とした方がいいのだろう。
　……彼は…今までずっと、言い出せなくて彼女への想いを胸に秘めていたんだろうな…。
　心は男性でも、社会に馴染む為に、どれだけの苦労をしてきたのだろう……。
　二人の姿は見えなくなった。あやめは遠い目をして佇む。
　――……僕も、いつか……。
　いつか、打ち明けることが、できるのだろうか。
　突然、身体が震えた。裡から湧き出る恐怖を抑え付けるかのように腹部に手を押し当てる。あの時の悪夢を振り払おうと顔を左右に振った。
　――同性愛者は拒絶される。
　他の人に知られてはいけない。蔑みの目で見られ、唾棄する存在として悪夢が現実になって襲い掛かる。
　……本当に…。
　…本当にそうだろうか？
　厳しい表情の中に微かな光が灯る。脳裏に一人の友人の顔が浮かんだ。
　とても柔らかい。この世に蔓延る、刺々しくも理不尽な悪意を全て包み込むような笑顔を湛えていた。どのような否定的な言葉を吐き出しても変わらない。全てを柔らかく受け止める。
　――僕には、想像できない。彼の笑顔が、嫌悪で歪む場面を……。
　スマートフォンで電話を掛けようとして止めた。
　気恥ずかしい笑みを作り、少し表情に緊張感を忍ばせる。しっかりとした足取りで歩き出す。
　――電話は止めて、会いに行ってみようか。
　彼を前にして僕は、また弱気になるかもしれないけれど…。
　僕は彼に会いにいく。
　一度、後ろを振り返る。見えなくなった二人の姿に向かって、ありがとう、と呟いた。
　青く澄んだ空の下、あやめは彼に会いに行く。

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