瞬間の魔法｜リアクション

瞬間の魔法

「どんな写真を撮りたいですか？」

　そう尋ねられて、城山水樹はタブレット端末でサンプルを確認しながらジッと考え込んだ。
　友だちと渋谷へ遊びに行ったときにスカウトされたのがきっかけで、読者モデルをはじめ、今では有名雑誌の専属モデルとして着々とキャリアを重ねている。
　けれど経験を積めば積むほど、水樹の中で何かが欠けていくような焦燥感に駆られるようになった。といっても、思い悩んでいるというほどのことでもなかったが。

（「撮られ慣れ」というか、仕事に対する緊張感というか……そういうものが欠けてきた気がするのよね。なんとなく、このままでいいのかな……って思うようになったっていうか）

　そんな矢先『変身写真館』の噂を耳にした水樹は、いてもたってもいられない気持ちになった。そこへいけば、何か答えが見つかるような――なにかしら惹きつけられるものがあった。

　初めてモデルとしてカメラの前に立った時。正式に専属モデルとなった時。
　その時に感じた『どんな自分にでも変化できる』という、ときめき。それをもう一度取り戻したい。

　と意気込んできたはいいが、いざどんな写真を撮りたいかと聞かれると困ってしまう。
　こんな写真を撮って欲しい、非日常を体験したいという理由できたのならともかく、水樹は漠然としたときめきを求めてやってきたのだから。
　どうしたものかと悩みながら、サンプルを見ていると、ふとテラスの写真が目についた。
　シンプルで爽やかなスタジオは、万能なため人気があるという。
　けれど裏を返せば、シンプルなスタジオから唯一無二を生み出すのは非常に難度が高いといえた。

（ここなら……よりときめきを、変化を実感できるかもしれない……）

　失敗すれば、本当にただのよくある記念写真。それでも水樹は迷わなかった。

「風のスタジオにします」

　着替えを終えて、水樹はスタジオに入る。
　衣装とメイクはスタイリストとじっくり相談して決めた。客観的な意見も取り入れながら、自分の中のときめきを何よりも大切にした。

「ちょっと髪直しますね……はい。OK。じゃあ最終チェックしてもらってもいいかな？」

　移動式の姿見鏡が水樹の前に差し出される。
　普段はラフな格好を、仕事では現代の――販促のための衣装を着ることが多い水樹が今回選んだのは、コルセットドレス。普段着でも仕事着でも滅多に着ることがない、手間のかかるドレスだ。
　胸元も背中も大きく開いた露出の多いデザインで、背中のざっくりとした編み上げリボンの隙間からは大胆に素肌が覗く。
　前から見れば膝が隠れて、後ろから見ればくるぶしがチラリと見えるフィッシュテールデザインも憎らしい。
　けれど光に映える純白生地、パールがあしらわれた上品なデザインのお陰か、厭らしさは感じられなかった。

　それに、とても水樹らしい。
　そう思えるのはおそらく、凝った衣装に対してメイクとヘアスタイルがシンプルに仕上がっているからだろう。
　髪は軽くスタイリング剤を吹き付け、パールピンをいくつも絡めただけ。
　それがいいと思えた。

「これで大丈夫かな？」
「……はい」
「じゃあ、窓辺に立ってみてくれるかな」

　カメラマンの指示に従い、水樹はポーズを取る。
　今の姿やポーズが完璧かどうかは、撮ってみなければわからない。けれど緊張と高揚感で頬が熱い。その感覚が、水樹はたまらなく嬉しかった。

「うん、じゃあそのまま振り返って」

　言われるがままに振り返ろうとしたその瞬間、ピタリと金縛りにあったように身体が硬直する。
　顔と上半身の一部はカメラを向いているが、剥き出しの背中もカメラに収まるような――いわゆる『見返り』のポーズ。

「いいね、すごくいい。辛いと思うけどそのままでいて」

　言われなくとも動けない。
　何故身体が動かないのか水樹にはさっぱりわからなかったが、今は考えることよりも撮影に集中することを選ぶ。

　しばらくすると身体はいつも通りに軽くなり、その後は何事もなく撮影が進む。
　そして撮影終了後、データで写真の一覧を見せてもらい、実際にアルバムにする写真を選ぶ段階になって水樹は驚いた。

「これで……お願いします」

　どれにしようかと迷う必要もない。
　振り返りざまの水樹が、誰よりも眩しく微笑んでいる。

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