【因果応報？】

　刈安 鬱金は小男だが、それゆえにスピードがあった。
「僕を馬鹿にしたやつはみんな僕のナイフで切り刻んでやるぅうううううう！」
「……っ」
　それゆえに、ナイフによる連続攻撃を仕掛けられた椎井 莉鳥は回避に苦労した。
（……まったく！　どうして私がこんなのに襲われないといけないのよっ！）
　莉鳥は陸上部所属であり、それなりに身体が動く方だった。
　それでも、鬱金のナイフはしっかりと逃げる莉鳥に追いすがってくる。
　伊達にマタ工で不良をやっているわけではないらしく、反撃に転じる好機を莉鳥は掴めずにいた。
　一方、鬱金のロッコン――トパーズもまた動きこそ珍妙であったが、その速度は鬱金をさらに上回るものがあった。
『くぁwせdrftgyふじこlp！！！』
　トパーズは不気味な叫び声をあげながら、するりと壬生 由貴奈の背後に取りつき、後ろから唇を奪った。
「……っ」
　由貴奈の目が驚きに見開かれる。
　トパーズの能力は、心の泥棒。口づけをした相手から感情を抜き取ること。
　だが、いったいどのような感情が抜き取られたかを外から窺い知ることはできない。
　それでも、
（女性の衣服を切り刻むのみならず、ロッコンに強引に唇を奪わせるなんて……）
　それが許されざる行為であることぐらいは、そばで見ていた桜 月にもわかる。
「ブラックレディ、彼にお仕置きを」
　月が静かにロッコンに命じる。
　彼女は戦いは専門ではなかったが、相棒――ブラックレディのサポートをすることはできた。
　日傘を翳して、目標への影の通り道をつくってやる。
　そうすると、ブラックレディの影が地を滑るようになめらかにトパーズに迫り、その身体を由貴奈から引き離しながら、ぬるりとその顔を覗き込む。
『くぁwせdrftgyふじこlp！！？』
　刹那、ブラックレディの素顔を見たトパーズが声にならない悲鳴を上げた。
　その声に、由貴奈はハッと我に返ったような表情になる。
「壬生さん、大丈夫かい？」
「……ああ、うん。へーきだよぉ。でも、うち、ちょっと怒っちゃったかなぁ」
「え……？」
　ハイライトの消えた瞳で口元だけて笑う由貴奈を見て、月は言葉を見失う。
　そのとき、月は直感した。由貴奈が失った心は、手心だということを。
「……トパーズ！？　しっかりしろ、トパ――」
「ふふ。ロッコンの心配をしている場合じゃないかもよぉ？」
「な――ごぶふぉるぁああああああああ！？」
　次の瞬間、スクラップヴェインの全てのスクラップを集めた剛腕が鬱金をブッ飛ばした。まさしくグーパンチである。
（うわぁ、痛そう……）
　月は見ていられなくなって日傘で視界を覆った。因果応報とはいえ、あれは本当に痛そうだ。
　と、そこで不意に先程まで微動だにしなかった莉鳥のロッコン――エレットリチアが『頃合い』と呟くや否や、するりとトパーズに取りついてその身体に触れる。
『あｚｓｘｄｆｇｈｊｋｌ；！？』
「あｚｓｘｄｆｇｈｊｋｌ；！？」
　その瞬間、トパーズと鬱金が同時にビリビリと電気ショックにあてられたような反応を示した。それこそがエレットリチアの能力――生体電流の操作であった。
『！？……！？……！？……！？』
　電気ショックにより、トパーズは錯乱状態に陥る。
「うわ……。我がロッコンながら、やることがえげつないわね……」
　と、莉鳥は自分のロッコンにちょっと引いている。
　そうして錯乱状態に陥ったトパーズは、使い手である鬱金の命令さえも聞かず、手近にいた月の腕を掴むとまた強引にキスをして心を盗む。
「……っ」
　月もまた心を盗まれ、驚きに目を見開いていたものの、すぐにその瞳のハイライトが消えて、口元に酷薄な笑みを浮かべはじめる。
「……うん。どうやら彼はまだお仕置きが足りないみたいだ。やってしまって、ブラックレディ」
　ぽつり、と呟くとほぼ同時に、ブラックレディの影がトパーズの身体を縛る。
「うぐぁぁぁぁ！　痛い、痛い、痛いぃいいいいい！？」
　ブラックレディがトパーズを締め上げると、それに応じて、鬱金自身もダメージを受けていく。
　普通なら、そこで月は止めてしまうかもしれないが、今の彼女は先程のトパーズに口づけで手心を失っている。
「んん？　束縛されるのが好み？　じゃあ、うちの束縛も受けとくぅ～？」
　にやり、と悪い笑みを浮かべて、同様に手心を失った由貴奈の指示によってスクラップヴェインがさらにトパーズをスクラップで締め上げる。
「おげ……もごご……ぷぎ……うぎぎ……」
　もはや鬱金のライフは０どころかマイナス状態である。
　だが、彼らは鬱金が泣いても攻撃をするのをやめない。
「にししし。おたくの能力、面白そうだねぇ。どうせなら、お仲間のおサルさん達にも使っておやり」
　骨削 瓢はここぞとばかりに動けなくなったトパーズをロッコン――悋気の独楽で、遠くの雑魚不良どものところまで吹っ飛ばす。
　すると、ふっとばされた錯乱状態のトパーズが雑魚不良どもに片端からキスを連発し、理性と手心を失った不良が大量発生。
　あたりは阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。
「……ひ、ひどい。これじゃあどっちが不良かわからないじゃないかぁっ……」
　もはや満身創痍の鬱金が尻餅をついて後じさりをするが、そんな彼の前に再び金属バットを手にした巴とロッコンを従えた瓢が立ちはだかる。

「おやおや。まさかとは思うが、あたしらに喧嘩を売っておいてタダで帰れるなんて甘いことを思ってるんじゃないだろうねぇ？」
「命が惜しかったら、あっしらのオネガイ聞いてくれるよねい」

「ぴぃいいいいいいいいいいいいいいいっ！？」