バレンタイン・チョコチョコ・キャンペーン｜リアクション

バレンタイン・チョコチョコ・キャンペーン

　バレンタインデーはオンナノコの為が秘めたる想いを打ち明ける為のイベントである。
　最近はやれ友チョコだ、義理チョコだと製菓会社の陰謀も些か多方面化していない訳でもないのだが……
　その本質が女子の女子による女子の為の――そして、男子がある意味で戦々恐々とさせられる日であるという事に間違いはあるまい。
　だが、しかして。これも時代の流れによるものか、男子厨房に立たずは今は昔。今は死語。
「誘って貰えて嬉しいよ。今日はしっかり準備してきたし」
「修君、ありがとね！」
「いや、大した事じゃないし。あおいの頼みだしな」
　三行で分かる人間関係である。
　エプロン姿で胸を張る八神修は、特に気恥ずかしがる風も無く自信も持ち合わせている様子である。
　元々器用で合理的な事柄を好む彼の場合、得手はどちらかと言えば体力勝負より頭脳勝負である。今日、隣にいるのが大好きなあおいであると言うならば……良い所を見せるにせよ、素直なお手伝いの感情にせよ、余分に気合の入らない彼ではない。
「それに……うん、沢山の人にってのは良い考えだな」
「へへ！　そうでしょー！」
『フツウのバレンタインを楽しみたい』らしいののこも、水を向けられるなり満開の笑顔を見せている。
　斯様な条件が重なれば、バレンタインは女子の為のイベントとはならず、『恋する誰かのイベント』となったのは言うまでも無い事だ。
　それにその実……あおいはちょっと、と言うより大分料理が上手くない。本人に自覚も余り無く、もし――もしである。修の希望通り、あおいのチョコレートが彼にも贈られるのだとしたらば。確かに修はあおいのどんなチョコレートでも嬉しい、嬉しいのは確かだが、美味しく食べられるに越した事もないという話である。
「今回、作るチョコは決まってる？」
「それが、全然……」
　少し気恥ずかしそうに睫毛を伏せたあおいに修は軽く微笑んだ。
「じゃあ、それはお任せあれ――」
　冗句めいた彼は手際良い動作であおいのチョコレートの準備をしていく。
　用意したさつまいもに火を通し、潰す。二種の湯煎チョコレートに生クリーム、隠し味のジャムを少々。
　そうして完成したのは『さつまいものトリュフ』である。
「わあ、すごい！」
　現金に目を輝かせ、手元を覗き込むあおいに修は少し照れた。
　真剣な顔の彼女がお手伝いにボウルを支えた時。
　スペースの関係上、何時もより少し距離が近い。彼女のツーテールがふわふわ揺れれば、匂いと気配が彼をくすぐっている。
「本当に上手だね！」
「……いや、まぁ……な」
「あ……」
　作業の手際が抜群な修だったが、白鳥のようなものである。
　事前に徹底された彼の練習の痕跡をその指先に見つけたあおいの顔色に朱がさしたように見えた。
「……ん、コホン！　俺はあおいからのチョコが貰えたら嬉しいな。友チョコでも歓迎だよ」
　何とも言えない場の雰囲気を仕切り直すように修は言った。
「男だって菓子は好きさ――あおいの作ったのなら毎日でも」
　それは結構安請け合いな気もするが、それは確かな幸せだ。
「よーし、いっぱい作るぞー！」
　ののこも幸せそうに揺れていた。

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