バレンタイン・チョコチョコ・キャンペーン｜リアクション

バレンタイン・チョコチョコ・キャンペーン

「明日はバレンタインですからね～♪」
　何時も明るい奈倉藍だが、この日ばかりはその雰囲気も一層華やいでいた。
　二月十四日は言わずと知れた乙女の日。二月の十日も過ぎれば街はイベントカラー一色で、見て回るだけでも楽しい風情になっている。
「藍さんとバレンタインのチョコ探しか」
「そう、今日は明日の為の買い出しなのです！」
「……だけど、美味しそうなのばっかりで見てるとお腹が空いちゃうねえ」
　街の風景に完璧にフィットした二人組の片割れ――澪乃澄佳は作って食べての自給自足も辞さない位のお菓子好きである。
　同時にジョブ・恋する乙女である所の彼女にとっては今日の買い出しはとても重要なイベントであるのだが、甘い誘惑も中々捨て難いものであった。
「……あら？　あのイベントスペース……チョコの試食！？　澄佳さん！　お買い物の前にちょっと寄っていきましょう！」
「ふへ、試食？　チョコの！？　それは行かねえと！
　ああ……手作りチョコさ食べ放題……本当に夢みたい！」
　澄佳にとって渡りに船の展開と提案は、藍にとっても申し分ない幸運である。
「わ～！　すっごく美味しそうですよ！」
「あ、あたしも食べる食べるっ！」
　藍に遅れじと澄佳もチョコを一摘み。
「……むぐ、うん。美味しいです！　こちらは酸味が中々……
　あっ、この味は好きですよー！　けど、もっと口の中でとろけるような食感だとなお良いかもしれませんね～！」
「目にも香りにも鮮やか、かなっ♪　甘味と苦味、固さ、舌触り……どれも技が光るねっ。あたしならしっとり濃厚が好きかしら」
　食べさせて貰うばかりでは悪い、と律儀にも『チョコレート評論家』と化した藍とそれに頷いた澄佳が難しい顔でアドバイスを向ける。
　厳密に言えば難しい顔をしようとした緩んだ表情ではあるのだが、チョコレートの多幸感とは概してそういうものであろう。
　そして。
（……あの子は、どんな味が好きかしら……）
　澄佳の表情をほんの少し物憂げに、ほんの少し大人びた雰囲気（ビター）に変えるのは『あの子』の存在である。
「皆さん張り切ってチョコを作ってますね～。やっぱり本命チョコの試作なんでしょうか？」
「たしかにみんな真剣……きっと本命だべなあ。好きな人には一番美味しく食べてもらいたいも――」
「――私は今年も本命は無しですけど～……澄佳さんは渡したい相手います？」
「……ッ！？」
　何気ない少女同士のトークに過ぎなかったが、少女であるが故に澄佳の反応は余りにも分かり易過ぎた。
「……え、恋人？　居るんですか！？」
「……い、るよ？　付き合ってる人、実は……」
「どんな人ですか！？　そこのところ詳しく！」
　食い気味で言葉を被せてくる藍に澄佳は防戦一方のしどろもどろである。
「後輩の子で、めんこくてかっこいくて……ひ、秘密だからね！　だって、て、照れるべやこういうの……」
「若いツバメってやつですね！　なんだか大人な感じです！
　いいなー、私も甘酸っぱい恋がしてみたいです～……
　こう、バレンタインの日に一生懸命作ったチョコと一緒に恋文を渡してみたりですね！
　瞳をキラキラと輝かせる藍は恋に恋する少女といった風で、未だ実地経験は少ないらしい。
　そういう意味では澄佳はちょっと先輩ぶれるのかも知れないが……
「そういえば今日は、その渡すチョコを買いに来たんでしたっけ！？　すっかり忘れてました！　い、行きましょう澄佳さん～！」
「そだよチョコさ買わねえとなんねえべや！　わわ、でも待ってあと一個ー！」
　先輩の方は先輩の方で、時には花より団子が勝つ方もあるらしい。勿論、その逆も多いのだけれど。

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