ある触れ合う温もりを｜リアクション

ある触れ合う温もりを

　篠宮六花は楽譜を手に、練習室を後にした。休日はいつも学校でピアノの練習をしているのだ。休日ということもあり、服装は制服ではなく、着物に赤の羽織だ。
「この部分はもう少し緩急をつけたいな。次の、あ、うわっ！？」
　突然の浮遊感が六花を襲った。そうして、腰辺りに掛かる圧迫があるものの、すぐに安定した足場が戻る。舞い落ちる楽譜を眺めて、六花は気づいた。
（……俺、階段から落ちそうになったのか）
　それと同時に、後ろから安堵の息が聞こえてきた。胴に回された力強い腕に、納得する。
「すまない、助かった」
　振り向いて、相手を確認する。知らない男子生徒だった。ジャージの色を見ると、１年生のようだった。

　休日、陸上部の自主練終了後。
　月舘航が階段を上っていると、上から降りてきた着物に赤の羽織を着た男がつまずいた。
　とっさに手が伸び、航は彼の身体を抱き止めていた。
「危なかったな。大丈夫か？」
「すまない、助かった」
「ああ。無事で良かったな」
　航は、航のほうを振り向いた着物姿の男と一緒に、ばら撒かれた紙……楽譜を拾った。
　楽譜拾いを手伝った航に、着物姿の相手は改めて礼を告げた。
「ありがとう、本当に助かった」

　安堵したせいか、航と相手は笑い合い、近場に腰を落ち着かせた。
　見かけない顔だが、同学年だろうか。航は相手に話しかける。
「楽譜か。あんた、音楽やってるのか？」
「ピアノの演奏練習だ。新しい楽譜が手に入ったから、浮かれてたのかもしれないな」
　先ほど階段でつまずいた理由も一緒に相手は述べた。
「俺は９月からの転入だから、面識が無いのも無理はないな」
「へえ……。道理で見かけない顔だと思った」
　どこか納得した声を出す航に、今度は相手の男が尋ねる。
「お前さんはどうして学校に？」
「俺か？　俺は陸上部の自主練だよ。走るのが好きなんだ」
「こんなに寒い日にも自主練か？　偉いなぁ」
　練習と言うよりもただ走りに来てるだけのようなものだけどな、と航は心の内で呟く。
「ふふ、好きだからこそ、できるんだよな」
　そう言って、相手の男は軽く微笑みを浮かべた。

　好きだから、六花はそこに親近感が湧いていた。六花が休日に登校して、ピアノの練習をするのもそうだからだ。
「そういえば……今更だが、名前を聞いてもいいか？」
　聞いて、六花はまず自分のことを男子生徒に告げる。
「俺は篠宮六花。２年６組の芸術科に所属……ってどうした？」
　しかし、学年を述べたあたりから、男子生徒の表情が焦りを帯びていた。
（あれ、何か慌てることあったか？）
「……２年！？　てっきり同学年だと思って……！　すみません！」
「え、謝罪！？　うぇ！？　あー……えーと、だ、大丈夫だぞ！　多分！」
　確かに、年上には敬語に、という気持ちは分かる。きっと六花もそうするだろう。けれど、最初に敬語ではなかった分、急に敬語になるのには違和感があった。
（だって、友達なのに敬語だと寂しいじゃないか）
「できれば敬語じゃなくて、さっきまでみたいにタメ口の方が嬉しいんだが……だめか？」
「そ、そうか……？　じゃあ……。俺は１年４組の月舘航。よろしくな」

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