寝子島、アクアアルタの日｜リアクション

寝子島、アクアアルタの日

　町内の店主達の奮闘のお陰で、宇佐見満月営む『うさぎ屋』を始め、各店舗は何とか機能をし始めた。

「ふぅ、土嚢積み終わりっと……」
　『うさぎ屋』の前に最後の土嚢を置き、満月は額の汗を拭った。
「会長さぁん、他の所で手が足りないところはないかい？」
　満月は向こうで他の店主と話している町内会長に声をかける。会長が笑いながら首を振った。
「もうそれぞれ大丈夫そうだよ。みっちゃんも自分の店の事やってくれ」
「そうかい、そりゃ良かった。お疲れ様さね！」
　満月も笑顔で会長に答えると、うーんと腰を伸ばした。土嚢の重さが地味に腰にきていたのだ。
（……若いつもりでいるんだけどねぇ）
　こんな姿を弟や姪っ子に見られたら何を言われるかわからないと苦笑した時、ミャー！　と甲高い、切羽詰まった鳴き声が満月の耳に飛び込んできた。
　何事かと思い周囲を見回すと、ポストの上で猫が助けてくれと言わんばかりにミャーミャー鳴いている。他もよくよく見渡せば車の上や塀の上など、様々な場所で猫が困り声を上げていた。
「おやおや……あんた達、逃げ遅れちまったんかい？」
　満月はねこ車を押しながらじゃぶじゃぶと近付いて行き、ひょいとポストの上の猫を抱いた。
「こんな所じゃじき逃げ場が無くなっちまうさぁ。ちょいとねこ車に乗りな、ウチの２階の屋根に逃がしてやるさね」
　そう言って満月は優しく猫をねこ車の上に置いてやる。そして見つけた他の猫達も全てひょいひょいとねこ車に乗せてやると、文字通りねこ車は猫でいっぱいになった。

（ここら辺はこれで全員かね）
　救助し忘れている猫はいないかと満月が辺りを見回していた時、また猫の鳴き声が、それも複数聞こえてきた。どこだろうと高い所を探すが見つからない。鳴き声はどんどん近付いている。不思議に思いながら水をたたえる道路の先を見た時、満月は爆笑した。
「―――おや、猫船が来たよ！」
　ゴムボートが、道路をゆったりと進んでいた。ゴムボートの上にはタオルを山盛り乗せたタライと、猫達。満月はゴムボートを引っ張っている人物に声をかけた。
「見事な救助船だね、修君！」
　八神修が顔を上げ、満月に向かって微笑んだ。

　旧市街にいた修は、満月同様やはり困っている猫を見過ごせず、商店街で色々買い揃えて猫を救助しながら回っているのだという。そう話しながら修は、
「一巡りで色々集まるのが旧市街の良い所だな」
と笑った。

　ここは満月がいるから大丈夫だろうと、修は彼女に手を挙げ、また出発する。ボートの上で安心しきって丸くなる猫達。満月が笑顔でその姿を見送っていると、ねこ車の猫がにゃーと鳴いた。
「ああ、あたし達も出発しようかね……しっかり掴まっときな！」
　満月はねこ車の持ち手を掴んでしっかりと歩き出した。

　猫達を屋根に登らせたら店の鰹節でも与えよう。もう今日は開店休業状態だ。店でお好み焼きを焼いたら近所に住む独居じーさんばーさんの所へ持って行こうかね。
「そん時はあんたらも来るかい？」
　ねこ車を押しながら、満月が猫達に問い掛ける。
　（……もちろん！）とばかりに猫達がニャー！　と鳴いた。