『決意！　踏み込め、立入禁止のその先へ……！』（１０）

「うわぁ、変なところに迷い込んじゃったよ！　ＭＭＲ（萌ミステリーリポート）、出動だね☆」
　『立入禁止区域』、その謎を解き明かそうと、鬼河内 萌は前向きでした。巨大な虫に追いかけられるのも、絵の中から飛び出したキャラクターたちに詰め寄られるのも、何だかんだで彼女は、楽しんでいたのです。
　ただ……廃ビル群の奥深くへと足を踏み入れ、頼りになる仲間たちが次々と、自らの不安を克服していくにつれて。萌の胸には逆行するように、不安が積み重なっていきました。
　立てこもった監視室。モニタを見上げると、それらには仲間たちや、萌の知る友人たち、顔見知りのもれいびたちが、ろっこんを華麗に使いこなして逆境を跳ね退ける、そんなシーンがいくつも映し出されています。
（……いいなぁ、みんな。ボクだっていつか、あんな風に……）
「ねえ、おねえちゃん」
　ふと、くいと引かれた袖に振り返ると、怪訝そうに見つめる、小さな女の子。曇りの無い大きな瞳。萌が先ほど助け出し、ここへと連れてやってきたあの女の子が、不思議そうに言いました。
「おねえちゃん、もれいびじゃないのに、どうしてここにいるの？」
「……えっ？」
　気付きます。周囲の人々。萌が助けた人々。仲間たちまでも。
　彼らがいつの間にか萌へ、猜疑心や敵意に満ちた、不躾で暗い視線を浴びせかけていることを。
「本当ですね……どうして彼女は、ここにいるんでしょう？」
　優しい綾辻 綾花が小首を傾げて、言いました。
「えっ、だ、だってボク」
「あなたって……『ひと』でしょう？　なのに、どうしてこんなところにいるのかしらね……」
　クールな三宅 葉月が、あけすけな嘲りの表情を浮かべながら、ぽつりとつぶやきました。
「……そう、だけど。でもボクだって、みんなと一緒に……！」
「『ひと』だって？」
　あれほど必死に、人々を救おうと奔走していたはずの、志波 武道でさえも。
「出て行ってくれ。結局、相容れない存在なんだ、俺たちは」
「で、でも……」
「出て行かないのなら」
　嫌悪。憎悪。あからさまな敵意と、これみよがしに突き出された鋭利な武器に追い立てられて、萌はその場を逃げ出しました。



　日々、不安は募りました。それは常に増大を続け、誰かが『もれいび』へと覚醒するたび、そのろっこんで華々しく活躍するのを目にするたび、その全ては萌の不安と転じて、幾重にも積み重なっていきました。
　寝子島は、いいえ、萌を取り巻く世界は『フツウ』から徐々に遠ざかり、いつまでたっても『フツウ』な萌は、世界から取り残されていくような気がして。友人たちに囲まれながら、まるで、ひとりぼっちのように思えて。
「……どうしてボクは、『もれいび』になれないの？　どうして、『ひと』のままなの？　ボクだって……ボクだって、みんなと同じようになりたいのに」
　駆け抜ける廃ビル群は、今や『もれいび』の世界となり、
「いたぞ、あいつだ！　『ひと』だ！！」
「殺せ！！　逃がすな！！」
「っ、きゃああ！？」
　銃声、あるいは『ろっこん』による攻撃に伴う爆音がいくつも響いて、萌は慌てて逃げ出します。
　空からは、山田 勘三郎が翼を打って追いすがり、
「逃がさねぇぞ、『ひと』め！！」
「ええ、絶対に……！」
「あっちよ、囲んで！　追い詰めて！」
　地上からは勅使河原 悠や三夜 深夜子が、先に助けた人々を伴って、萌を追い立てます。
　鴻上 彰尋は屋上から冷たく見下ろして、
「あっちだよ。あっちに逃げた」
「了解だよぅ」
　呉井 陽太の手のひらから飛び出した粘土細工の人形たちが、萌の肌を傷つけ、髪の毛を引っ張って。
「や……やだ。やだよ、こんなの……！　ボクはただ、みんなと一緒になりたくて……でも、なれなくて……ッ！」
　目の前に、数人の男女。武器を構えて、敵意に燃える目で……あるいは、どこか怯えたような瞳で、萌を睨みつけて。
「う、ううう……うううううっ」
　萌の足元に、きらり。輝く、鋭利なナイフがひと振り。
「ううう、うう……うう、やだ……いやだよ、こんな……ボク……」
　あくまで、自衛のため。ことさらに傷つけるつもりはありません。ただそれを拾い、刃を見せることで怯み、道を開けてくれることを期待して、
「う…………うあああああああああッ！！」



　切り傷、刺し傷。傷だらけ。
　結局、相手を傷つけることはできませんでした。やみくもに刃を振り回しただけで、それは友人たちにも、誰にもかすめることはなく……それでも彼らの武器は、萌を躊躇なく傷つけました。
　命からがら、人気の無い路地に逃げ込み、廃ビルの中の一室へ。荒い息をつくと、ぽた、ぽたと顔からいくつも雫がこぼれて、コンクリートの乾いた床へ染みていきます。それが血なのか、汗なのか、それとも違う何かなのか、萌にはもう、何も分からなくて。ただただ、頭の中はぐるぐると巡り、混乱し切っていて。
「まぁ、仕方ないわよねぇ」
「っ、うう、ううう……！？」
　暗がりからぬるり、姿を見せたMaliceが楽しそうに、くすくすと、こらえ切れない笑いを漏らしながらに。
「『フツウじゃない』ものは、淘汰される。排除される。世の中って、そういうもの……そうでしょう？」
「……フツウ、じゃない？　だ……だって、ボクは。ボクは、『ひと』だから。ただの……『もれいび』でもない、ろっこんも持ってない、フツウの『ひと』だから。だから……だから、みんなはボクを！！」
　くすくす。くすくすくす。
「『もれいび』しかいないこの世界に、たったひとりの『ひと』。さあ、『フツウ』はどっちで、『フツウじゃない』のはどっち？」
　萌はようやく、気付きました。手足に、痺れるような震えとともに。
「……ボクが……」

「ボクが、『フツウじゃない』から……ボクは、消えなくちゃいけないの？」
　全てがとうに、逆転していたことに。
　『もれいび』たちの世界でたったひとりだけ、何も持たざるがゆえに異質で、異様で、何をしでかすか分からない、恐怖の存在。『ひと』。そんな存在に、自分がなり果てていたことに。
「……そ……それでも、ボクは……」
　そんな世界で生きていかなければならない、自分の絶望と、かすかに縋るような希望に。
「絶対、どこかに……ボク以外にも、『ひと』はいるはず。だから、ボクは……探し続ける！　諦めたりなんて、しないもん……！！」









　……そんな悲壮な決意を表情に滲ませ、孤独な旅に出た少女の姿を映し出すモニタを、鬼河内 萌は膝を抱えて、虚ろに見つめています。
「ねえ、おねえちゃん」
　ふと、くいと引かれた袖に振り返ると、怪訝そうに見つめる、小さな女の子。曇りの無い大きな瞳。萌が先ほど助け出し、ここへと連れてやってきたあの女の子が、不思議そうに言いました。
「おねえちゃん、大丈夫？　顔、あおいよ？」
「萌さん、気分が悪いんですか？　少し休んでいても良いですよ」
　優しい綾辻 綾花も心配そうに小首を傾げて、
「あまり、無理はしないことね」
　クールな三宅 葉月も、そっけなくそう言って。
　志波 武道も、山田 勘三郎も。勅使河原 悠に三夜 深夜子、鴻上 彰尋も、呉井 陽太も。串田 美弥子や日野 満も……自分を気遣ってくれる仲間たちへ心配をかけまいと、萌は笑顔を返しながら、
「……うん。ボクなら、大丈夫。元気だよ！」
　思います。モニタの中の少女が、どこかから枝分かれしたもうひとりの自分が、いつか、本当の仲間に出会えますように。
　そして自分も、いつかは、きっと。
（みんなの、本当の仲間に……なれますように）

＜『決意！　踏み込め、立入禁止のその先へ……！』　終＞

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