無機質ワールドとオカシな戦士｜リアクション

無機質ワールドとオカシな戦士

【リッカルド様に申し上げます】

　そこは、暗雲垂れ込める空に向かってそびえる駅ビルの最上階にある一室――「リッカルド's ROOM」。
「ふふふ。愚かです。オカシを食べたいだなんて、本当におかしな話ですよ」
　窓から灰色に染まる街並みを見下ろし、中沢リッカルドはくつくつと笑った。
「ねぇ、そうは思いませんか？　ラインツァートさん」
　リッカルドがちらりと視線を流すと、部屋の壁に背を預けていた若い怪盗のような格好をした男がにやりと口の端を曲げた。
「ええ。まったくリッカルドさんの仰る通りですよ」
　ひらり、とマントをなびかせて、男――クロセル・ラインツァートはリッカルドの言葉に同調した。
「甘いお菓子は確かに人を幸せにするかもしれない。けれど、それは偽りの幸福。そのしわ寄せは必ずそれを食べた者自身にやってくるのです。おもにダイエットとかダイエットとか」
　クロセルは二回ともダイエットと言った。どうやら大事なことらしい。
「そう。オカシなどなければ、私もあのような苦しみを味わうことなく済んだはずなのです。ゆえに私は全てオカシの存在を憎み、無に還すことを決めたのです。全ては無寝子島の民の幸福のために……！」
　どうやらリッカルドはかつてオカシの食べ過ぎで、ダイエットで大変な苦労をしたことがあるらしい。
　どう見ても逆恨みだったが、リッカルドの目は真剣と書いてマジだった。
「素晴らしい。このクロセル・ラインツァート、町長の高い志にいたく感じ入りました」
　どこにどう感じ入ればいいのかわからなかったが、クロセルの目もマジだった。この島、もうダメかもしれない。
　と、そのとき、「リッカルド's ROOM」の扉をノックもせずに、無機質軍の制服に身を包んだ長身の少女が室内に駆けこんできた。
「失礼します！　リッカルド様に申し上げます！　駅前広場に革命団を名乗る者達が現れ、オカシな武器を振り回しています！」
　無機質警備隊の隊員にして、リッカルドの側近中の側近、羽生碧南であった。
　碧南は若くして小隊長となった無機質軍のエリートで、何故か、本当に何故か、リッカルドに心酔していた。
「いかがなさいますか！　ご命令とあらば、今すぐに隊を率いて、彼らを鎮圧してご覧にいれますがっ！」
「いえ、あなたの力は最後の手段として取っておくことにしましょう。それよりもまずは――」
　リッカルドは穏やかな口調で碧南にそう言ってから、再びクロセルの方へと視線を投げかけた。
「……ラインツァートさん、行ってもらえますか？」
「クロセルで結構ですよ、リッカルドさん。我々は志を同じくする仲間ではありませんか」
　ふっと息を漏らすと、クロセルは仮面のような眼鏡をくいと中指でかけなおして、微笑む。
「無論、今すぐにでも行って参りましょう。そして、彼らに教えてあげることにしますよ。大義は我らにある、ということをね。フハハ！」
　クロセルは高笑いをすると、どこかポカンとそんな彼の様子を見守っていた碧南の前を通り抜けて、部屋を出ていった。
「……リッカルド様、あのおかしな格好の男は？」
　怪訝そうな声で訊く碧南に、リッカルドは笑顔を返すだけで何も答えてくれない。
　それに少し不服そうな顔をする碧南に、リッカルドはハタと何かを思いついたようにぽんと手を打った。
「ああ、そうそう。そういえば、ついさっき『辛党』を名乗る謎の第三勢力がシーサイドタウンを闊歩していると連絡があったのでした」
「え……？」
「羽生さん。そちらの対処をしてもらえませんか？」
「はっ！　全てはリッカルド様の御心のままに！」
　任務を与えられて、碧南は嬉しそうに敬礼をした。
「貴方ほどの実力があれば大丈夫と思いますが……念のために、一人優秀な剣の使い手をつけましょう。――ええ、彼をここへ」
　リッカルドが無線機で何かを言いつけると、程なくして、警備隊の制服を身にまとった高校生くらいのがっしりとした身体つきの少年――優木遥斗が部屋に入ってきた。
「隊長、お呼びでしょうか？」
　ぺこりと頭を下げてから、遥斗はそれだけ言う。
「ええ。これから彼女と一緒に『辛党』という勢力を無機質化してきてほしいのです」
「御意」
　やはり遥斗は短くそう言うと、碧南にも無表情のまま「よろしく」と挨拶をした。
「それでは二人とも、よろしくおねがいしますよ」
「はっ！」「仰せの、ままに」
　二人は、ビシッと敬礼を返すと、そのまま勢い良くリッカルドの部屋を飛び出していったのだった。

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