冬の日。新たな始まり｜リアクション

冬の日。新たな始まり

【昼下がり・木天蓼大学生】

　城山水樹の新年早々の授業は、環境社会学だった。
　久し振りの講義に身が入る……かと思われたが、どうやら様子が違うようだ。

　水樹は、前を向いていた。しっかりと、前を向いていた。
　しかし、張り切る教授の一生懸命な声は、水樹の心にはちっとも届いていない。
　どうしても思い出してしまうのは、恋人のこと。
　あの甘い記憶はつい昨夜のこと。余韻は、体に残っている。彼の体温だって簡単に思い出せてしまうのだ。
　いけないいけないと、水樹は頭を振る。
　こんなに気持ちが弛んじゃって。正月ボケかしら？（いや、そうではないだろう）
　兎にも角にも水樹は反省する。グッとシャーペンを握って……また恋人のことを思い出している。

　結局講義の半分も聞いていなかった水樹。
　またもや反省をしながらも、キャンパス内で猫と少し遊んでから帰宅するのであった。

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　ここにも、授業を終えた木天蓼大生がいた。
　芸術学部の金剛恵である。学生兼アイドルである彼だが、それには少し……いや結構な秘密があった。
　それを抱えながら、恵は敢えて危険なエリアに足を向けようとしていた。

　恵が訪れたのはもれいび研究会である。その名の通り、もれいびを研究するサークル。普通の人には何一つ危険なことなどない。
　では、どうして恵には危険なのか。それは、彼がもれいびだから。
　そして、そのろっこんによって、彼はアイドル活動を完璧にしているのだから。

　彼は、男性アイドルではない。女性アイドル『桜乃春香』だ。
　確かに中性的でよく女性に間違えられる恵だが、プロのアイドルとして性別を偽って活動するのはかなり難しいはずだ。
　しかしそれを彼はやってのけていた。ろっこん＜トランス・イン・ミラー＞で。
　それは彼のろっこん。手鏡に顔が映った人を性転換させるものだ。そしてそれは、自分自身を対象にすることもできる。
　ただ、戦闘に使うのは難しい。例えば女の子を男の子にしたからといっても、けして強くなるとは限らないからだ。当然逆もしかりだから、戦闘面では不安定なろっこんだろう。
　けれど、恵には十分だった。
　彼が戦うのは『シンギュラルプリンセスフローラ・はるか』としてだから。

　恵はもれいび研究会にしばらく顔を出すが、長くはいられなかった。
　夕方には『シンギュラルプリンセスフローラ・はるか』のイベント出演があるからだ。
　特に今回は警戒することもないようだなと、恵はもれいび研究会を後にした。

　『シンギュラルプリンセスフローラ・はるか』は、未来から忍び寄る悪のコンピューターの魔の手から、はるかが未来の科学の力を使い、人々を守るお話だ。恵はアイドル『桜乃春香』として、はるかになりきるのだ。
　イベントの時になったら恵は舞台裏でろっこんを使い、人知れずアイドル『桜乃春香』になるつもりだ。

　戦闘に不向きなこのろっこんで、未来からの悪を倒す。そしてみんなに愛と夢を与える。
　それがアイドル『桜乃春香』のお仕事なのだ。