冬の日。新たな始まり｜リアクション

冬の日。新たな始まり

【ＨＲ・寝子島中学校】

　寝子島中学校の始業式は体育館で厳格に行われていた。杉村小春校長の正月の伝統話もようやく終わり（これで音を上げていては寝子高では耐えられないぞ寝子中生！）、中学生達はガヤガヤとＨＲのため、自分の教室に戻っていった。

＜２年４組＞

「あーやれやれ、校長先生のお話終わったー」
　うーんと綺麗に伸びをしながら、篠原翠響はクラスメイト達と教室に入る。月守輝夜も
「今日は雪が降ってるから体育館が冷えてつらいですよね」
と頬を赤くしながらはあっと手に息を吹きかける。ほんとだよねーと言い合いながら席に着き、翠響が隣の子と他愛のないお喋りをしていると、ガラリと扉を開けて担任の藤倉遼が入ってきた。
「よーしみんな揃ってるな－。ＨＲ始めるぞー」

　挨拶が済むと、遼はまず生徒達に宿題を提出させた。やる事を終わらせてからゆっくり話をするつもりなのだろう。「ゲー！」などと不満の声も上がる中、翠響は躊躇せずに教壇に提出しに行った。
　英語、社会……。様々な課題を提出していく。書道の課題は勿論恒例書き初めだ。翠響は自分の書いた書き初めを担任の前に差し出した。ぎょっと遼の目が丸くなる。そこには綺麗な筆運びでこう書かれていたのだ。

『天真爛漫』

　確かにお題はないので何を書いても自由だ。その上、四文字熟語の意味はともかくとして、その出来栄えは文句なく素晴らしいものだった。
「よ、良く書けてるね……」
　何とも言えない顔で遼が言う。翠響がニッコリと笑った。
「ありがとうございます」
　翠響は次に提出した生徒が「わ！　すっげ！　うま！」と感嘆の声を上げるのを背中に聞きながら優雅に席に戻る。
（そりゃそうよ。文字の大きさ、バランス、美しさ……中学生のレベルじゃないはずよ）
　翠響は満足そうに自画自賛。周囲も相変わらずスマートに高レベルな事をやってのける翠響に羨望の眼差しを向ける。
　……実はこれ１枚のために翠響が１０枚以上用紙を無駄にした事は、ここでは黙っておこう。

「さて、君達も後数ヶ月で最高学年、多くの人達が受験を迎える事になるが……」
　宿題提出も終わり、始まった遼の話に翠響は内心ドキリとした。
　『受験』。多くの生徒は自分の未来が試されてしまう恐怖をこの単語から感じるのだろうが、翠響は違っていた。
　成績は常に学年上位の彼女は、受験自体に不安はない。続けている新体操でも、全国大会で上位入賞しているので、現在中学２年生ながらすでに幾つかの名門校から推薦も来ている。
　では何故ドキリとしたのか。それは全くもって個人的な理由なのだ。
　―――恋。こう言っていいだろう。翠響の心には、最近１人の少年が住むようになっていた。

（イリヤは、寝子高に進むのかな……？）
　喝を入れるつもりなのか、長々と続く遼の話も上の空で、翠響は考えていた。
　イリヤ・ジュラヴリョフ。翠響より１年上の、去年編入してきた生徒である。
　一緒にしたクリスマスの準備はとても楽しかった。最近、彼が住むミルクホールに足を運ぶ事が増えている。
　分かっている、今はまだ片想いな事は。でも、それでも、もし彼が寝子高に進むのなら、私も進路を……と迷っている自分がいる。寝子高には体操部がないのに。

　はあ、と憂いげに溜息をつく翠響。恋する乙女の進路相談を受けたい気分だった。